大連労働公園から臨む高層ビル群(2017年5月)

圧倒的な歴史をもって現代を生きる中国。そして、振り子のように繰り返す日中関係の改善と悪化。現地企業を運営する立場で、できる限りその影響を回避し安定的に運営を行い、成功を勝ち取るにはどうすべきか…

 

成功のヒント 中国のことわざ・格言

▮引用したことわざ(五十音順)

 

一衣带水 / 一衣帯水(いち いたい すい)

  • 中国語:一衣带水  [ yī yī dài shuǐ ]
  • 出典:南史(陈纪下)
  • 意味:細い帯のように、長く狭い川や海峡のこと。二つのものがきわめて近いことの例え。
  • 故事:陳の国の王は酒色におぼれ、民は生活に苦しんでいた。それを見た隋の文帝が「私は人民の父母である。帯の様な一本の川(長江のこと)の隔たりがあるというだけで、どうして彼らを救わずにいようか」と言って陳の国を討伐した。

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一帆风顺 / 一帆風順

  • 中国語:一帆风顺   [ yī fān fēng shun ]
  • 出典:清·李渔(怜香伴·僦居)
  • 意味:すべてのことが何の障害もなくうまく運んでいることの例え。順風満帆。

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温柔敦厚 / 温柔敦厚

  • 中国語:温柔敦厚   [ wēn róu dūn hòu ]
  • 出典:礼記(经解)
  • 意味:柔和で誠実であること。温厚であること。

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安不忘危 / 安くして危うきを忘れず

  • 中国語:安不忘危   [ ān bù wàng wēi ]
  • 出典:易経(系辞下)
  • 意味:安全な時に危難を忘れない、との意。絶えず注意深く警戒心を高くすること。

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弯弯曲曲 / 弯弯曲曲

  • 中国語:弯弯曲曲   [ wān wān qū qū ]
  • 出典:紅楼夢
  • 意味:曲がりくねって真っ直ぐではないこと。

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一にする歴史文化の源

 過去から日中関係を表現する際に、「“一衣帯水”の隣国同士である」と言われてきました。両国を隔てているのは細い一本の帯のようなものだから、往来にも便利だとの例えです。なるほど、成田や関空から空路約二、三時間で上海や大連といった中国の沿海部に到着します。

 また、地理的な近さだけでなく、歴史的にも、遣隋使(西暦600年)のころから千年以上に及ぶ関わりがある隣国同士でもあります。

 南史にあるこの「一衣帯水」ということわざ。その「帯のような狭い川」と言われているのは、チベット高原を水源とする長さ6300キロ、川幅は20キロにも及ぶ中国最大の「長江」という大きな川のことを指しています。

 2008年に両岸を結ぶ大橋が開通していますが、それ以前はフェリーに車ごと乗り込み往来していました。向う岸は霞んで見えませんし、船上から夕日を眺めると、そこは川ではなくまるで「海」の感覚。

 実は、「一衣帯水」と言っても、実際には、向こう側とこちら側の隔たりは大きなものがあり、価値観などが違っていてもむしろ当たり前。歴史や文化の深い源を一にする日中両国とはいえ、習慣や考え方など非常に大きな違いがあることもまた現実です。

 

国交は回復したが…

 近年においては新中国が建国された1949年以降も、日本と中国の国交は断絶したままでしたが、1968年、創価学会池田会長(当時)が日中国交正常化提言を発表。その4年後、日中共同宣言が調印され国交が回復し、さらに1978年には日中平和友好条約が調印されました。

 さて、国交を回復したとは言っても、一直線に推移したわけではなく、むしろ「弯弯曲曲」、曲がりくねり日中関係は良くなったり逆戻りしたりの繰り返しでした。

 しかし、日中平和条約締結40周年となる2018年に、何と、両国首脳の相互訪問が再開され、「日中の新たな時代に向け、競争から協調へ」との合意がなされたのです。これは劇的な変化といえるものです。まるで蜜月のような日中の歩み寄りに、驚き喜ぶとともに一抹の不安がよぎります。次に来るのは関係悪化ではないかという気がかりです。

 ことほど左様に、「一衣帯水」だからこそ、お隣さんとの付き合いは容易ではないということです。

 

日系企業の苦闘

 1990年代には中国へ進出する日系企業が急増しました。1978年に提議された対外開放政策により、上海や大連等の沿海部のいくつかの都市に経済技術開発区が設置され、それが軌道に乗り始めた背景があります。

 安価で豊富な労働力を活用して生産工場が次々と建設され、また、膨大なマーケットを開拓しようとばかりに販売拠点を設けたり、日系企業は沸いていた時期でもありました。

 日系企業のみならず、世界中から外資企業が進出し、中国国内ではものすごい高度成長期が始まり社会が激変、人々の暮らしも年々豊かになっていったのです。

 そんな現地に勇躍進出した日系企業ですが、必ずしもすべてが「一帆風順」の発展を遂げたわけではありません。

 日系企業にとって、日本とは大きく違う環境に苦闘し、一方で、振り子のように繰り返される政治主導のぎくしゃくに翻弄され、経済発展の最中であっても現地企業の経営は容易ではありませんでした。

 

総経理の心構え

 本社の命によって現地法人の経営を任された現地の総経理(社長)は、事業を発展させるためには相当のタフな仕事になることは避けられません。日中双方の「違い」という高い壁が立ちはだかり、両国間の軋みが前触れなく襲ってくるのですから。

 そのような環境にあって成功を勝ち取るためのヒントのひとつが、礼記にある「温柔敦厚」ということわざに隠れています。柔和で誠実であることを意味する言葉で、「謙虚」という意味にも解することができます。

 社員や合弁企業のパートナー、政府関係者等々、総経理(社長)を取り巻くすべてに接する時の心構えでありましょう。要は自分のことだけでなく他者のことも同時に考えることができる人に。その結果、各方面からの支持を得、味方につけることにあります。誠実、謙虚、或いは寛容といった人間としての態度は仕事上の能力でもあります。

 そのような人間としての力は、常に自分を磨き高めていく不断の努力が成せるところです。他者から尊敬されるようになり、そこにこそ成功への展望が開けてくるというものです。

 

友好関係の時にこそ

 中国で厄介なのが、突然の法令発布や運用変更、そして両国間のぎくしゃくの発生です。特に友好的に推移していた関係が、突如冷え込むことが過去に何度もありました。

 ですから、総経理のリーダーシップにより会社業績が拡大基調が続く状況にあったとしても、油断はできません。

 易経にある「安くして危うきを忘れず」とのことわざ。両国の関係が良い状態であったとしても、悪化した時の対策を日頃から怠るな、という戒めと理解すべきでありましょう。端的に言えば、良い状態はいずれぎくしゃくする時が来るであろう、ということです。

 中でも、政治主導による関係の悪化に際して、民間人は如何になすべきか。悩ましい問題ですが、常に「次の危難」が来た時の備えを講じておかねばなりません。同時に、政治が冷めても民間レベルの交流やビジネス面で揺るぎがあってはならない。そのためにどうすればよいのか、そこにも腐心すべきであると言えます。

 途方もなく、そして圧倒的な歴史をもって現代を生きる中国。今後も改善と悪化を繰り返すであろう両国関係。できる限りそれには影響されない不断の努力。安定したビジネス展開を実現することは総経理の双肩にかかっているのです。

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プロフィール

作者:曽賀善雄

1998年6月から2000年3月まで中国・上海で、その後2000年4月から2012年12月末まで中国・大連で、それぞれの現地法人の総経理(社長)として勤務。