【心焉に在らず】 それもそのはず 中国・春節前 社員達は上の空
「心 ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず」とは「大学」にある格言。国中が春節に向かっているときには、共に春節を祝い楽しむことが理にかなっている。上の空になっている社員達を詰るだけでは、支持は得られない。
成功のヒント 中国ことわざ・格言
心焉(ここ)に在らず
- 中国語:心不在焉 [ xīn bù zài yān ]
- 出典:大学
- 原文:心不在焉、視而不見、聴而不聞、食而不知其味(心 ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず)
- 意味:上の空であったなら、ものを見ても見えず、聞いても聞こえず、食べてもその味がわからない。
手は舞い足を踏む
- 中国語:手舞足蹈 [ shǒu wǔ zú dǎo ]
- 出典:诗经
- 意味:うれしくて躍り上がらんばかりの様子。
福有らば同じく享(う)け、難有らば同じく当る
- 中国語:有福同享,有难同当 [ yǒu fú tóng xiǎng ,yǒu nàn tóng dāng ]
- 出典:官场现形记
- 意味:福があればともに享受し、禍があればともに分かち合う、との意。苦楽を共にすること。
門外 雀羅(じゃくら)を設(もう)く可(べ)し
- 中国語:门外可设雀罗 [ mén wài kě shè què luō ]
- 出典:史記(汲郑列传)
- 意味:雀羅とは雀を捕るための網のこと。訪問者の無い門前には雀が集まってくるので、網を張っておけば捕まえることができる、との意。来訪者も無く寂しいことの例え。閑古鳥が鳴く。
記事:【心焉に在らず】 それもそのはず 中国・春節前 社員達は上の空
心ここに在らず
中国では一月一日が新しい会計年度のスタート。普段の休日とさほど変わらない元旦三連休が明けたら、「さあ、今年も頑張るぞ」と社員の皆は張り切っていると思いきや、何か雰囲気が違う。
総経理(社長)が、「新年度のスタートダッシュを!」とばかりに声を大にして気合を入れようとするのだが、社員達の反応は何とも鈍い。普段はまじめに努力している社員も、まるで上の空。「心不在焉」、心ここに在らずという状態が見て取れます。
それもそのはず、夜になると道路にはイルミネーションが煌めき、スーパーには新年用の飾り物売り場が特設され、否が応でも新年に向かっての雰囲気が盛り上がってきています。
旧暦で動く中国では、春節は今も脈々と受け継がれている超ビッグイベント。待ちに待った春節が間近ということで、社員達の腰が浮いてくるのも理解できます。
躍り上がる社員達
国全体がそうなのですから、総経理がいくら頑張ったって社内の浮ついた雰囲気はコントロールしきれるものではありません。
遠くの実家に帰るために、一足早く休暇の申請をしてくる社員も出てきます。普段は都会で仕事をしている人も一年一度、実家に家族が集まり楽しいひと時を過ごすということですから、その申請は認めざるを得ませんよね。却下でもしようものなら、故郷のない都会っ子の社員からも無慈悲な総経理だと思われ、以後の仕事に影響が出るのは必至です。
「回老家呀」(故郷に帰るんだね!)と声をかけ、「手舞足踏」と喜びいっぱいの社員を、笑顔で送り出してやることがいいですね。
旧正月の習慣があまりない日本人ですら、春節前の盛り上がっていくその雰囲気の中にいると、実は自分の気持ちも何とはなく浮いてくるのです。
会社は閑古鳥
春節が基準で動く現地社会。勿論、春節が近づくと得意先を訪問。感謝の気持ちを込めて「過年好!(良いお年を!)」という挨拶で一年を締めくくります。春節明けには、今年もよろしくとの年始挨拶訪問。この時も「過年好!」。これは、「年越し(新年)おめでとう!」の意味
問題は、春節を挟んだ約二か月近くの期間の業績がどうしても落ち込むことです。仮に、浮ついた社員に檄を飛ばしたとしても、顧客側も浮ついているので、結局この期間は仕事にならないのです。
「門外 雀羅を設くべし」とのことわざのように、来訪者も少なく閑古鳥が鳴き、業績には期待できそうにありません。
福有らば同じく享く
現地に駐在している日本人や日系企業の間では、12月末ごろには「よいお年をお迎えください」と、元旦明けには「新年おめでとうございます」とお決まりの挨拶があります。社内でも元旦明けには「新年好」と。そこから少し遅れて旧正月が来ます。すると、中国顧客には、「过年好」とあいさつをしなければなりません。ということは結局12月末ごろから、その年によっては2月中旬の春節が明けるまで、ずっと何らかの新年のあいさつをしていることになるのです。
とはいうものの、何千年もの歴史をもつ春節。一年の中で最も大事なイベントです。この時期は会社内も街中でも、さらに言えば国中が「過年」に向かって動いているのです。さすがにこれには抗うことなど到底不可能です。
であるならば、日本人であってもその中に身を置いて、共に春節をお祝いした方がよさそうです。中国の古典には「福有らば同じく享け、難有らば同じく当る」とあるではありませんか。総経理として日頃から苦楽を共にする社員達と、この春節も楽しむことが理にかなっていると考えます。残り十カ月月で1年分の仕事をすることを覚悟のうえで…