【治まりて乱るるを忘れず】 魔は天界に棲む 自戒の有無が別れ道
管理者として忘れられない大失敗。完膚なきまでに打ちひしがれてしまった。しかし、その原因は…
成功のヒント 中国ことわざ・格言
治まりて乱るるを忘れず
- 中国語:治不忘乱 [ zhì bù wàng luàn ]
- 出典:易経(系辞下)
- 原文:安而不忘危,存而不忘亡,治而不忘乱(安くして危うきを忘れず、存して亡ぶるを忘れず、治まりて乱るるを忘れず)
- 意味:君子たる者は安泰な時にあっても危うさを忘れず、自国が存続しているときも亡びることを忘れず、世が治まっている時にも乱世を忘れるな、との意。孔子は「危うき者はその位に安んずる者なり」とも言っています。現状に満足してしまうと将来の滅亡を招く、という警告です。
黔驢の技(けんろのわざ)
- 中国語:黔驴之技 [ qián lǘ zhī jì ]
- 出典:唐・柳宗元(三戒)
- 意味:わずかしかない腕前を使い切って、窮地に陥ってしまうことの例え。見かけ倒し。
- 語源:中国の貴州にはロバはもともとなかった。その貴州に来たロバが、初めのうちは大きな体と声で虎を驚かせていましたが、すぐにその無能さを見破られて虎に噛み殺されたという寓話。
自高自大
- 中国語:自高自大 [ zì gāo zì dà ]
- 出典:颜氏家训(勉学)
- 意味:自惚れること。驕り高ぶること。
深情厚誼
- 中国語:深情厚谊 [ shēn qíng hòu yì ]
- 出典:陈毅(向秀丽歌)
- 意味:深く厚い感情と友誼。「深情」は相手を深く思う気持ち。「厚誼」は深い親しみの気持ち。相手からの心遣いのこと。
記事:【治まりて乱るるを忘れず】 魔は天界に棲む 自戒の有無が別れ道
自惚れと油断
入社26年、48歳、日本国内のある地方の支社長職を務めて六年目。これほどにも長期にわたって同じ事業所で責任者を張るケースは稀であった。
それを自慢にしていたが、あろうことか部下の不祥事が立て続けに三件も勃発。その結果、管理責任を問われ、重譴責、減俸、格下げ人事異動の処分。強烈なカウンターパンチを食らってしまった。
そこそこの業績に安住し、いつの間にか「自高自大」、自惚れが心に巣くってしまった。潜んでいた緩みや油断によって、澱みが一気に噴き出した格好です。
買い被り
実は、元々それほども能力があったわけでは無いのにも拘らず、少しばかり上手くいったからと舞い上がって有頂天になっていた。「黔驢の技」でしかなかったと言わざるを得ません。
もちろん、そんなつもりはなかったのですが、毎日の仕事の中にいつの間にか慢心が生まれ、それが大きな勘違いのもととなりました。つまり、一連の不祥事は起こるべくして起きた事件であったのです。
心に沁みたひと言
大失敗の原因は自身にあったとはいえ、失意のどん底に突き落とされてしまい、仕事を続ける気力がどうにも湧いてこず、退職することで腹は固まりました。
その日のうちに、世話になった先輩に電話でそのことを告げました。ある人は、電話の向こうで涙ぐみながら「早まるな」と引き止められました。また別の同僚は、その翌日、京都から飛んできてくれました。
また、異動日の前日に異動先に出向きました。黙って辞めたのでは、そこの先輩方に対して非礼であると思ったからです。
その先輩が予約した近くの居酒屋の個室に入ると、思いもよらず既に数名の方がそこにおられました。そして、皆さんはこうおっしゃいました。「今日はこれから一緒に仕事をする君の歓迎会です」と。
思ってもいなかった言葉に面食らうと同時に、その言葉が心に沁み入り涙が出そうになりました。事件以来ずっと折れていた心は、その一言でつながりました。
「深情厚誼」、人情の暖かさに触れ、格下げ人事や譴責処分などのすべてを受け入れ、仕事を続けることにしたのです。
三叉路に立って
その翌日から新任地での勤務が始まりました。格下げでしたので部下は一人もありませんでしたが、古くからの友人や先輩方からは丁寧に接していただき、仕事はけっこう楽しくすることができました。
そして、約十カ月後、中国・上海赴任の辞令を受けて、新たな旅立ちに仲間達が送り出してくれました。
魔は天界に棲むと言われています。順風満帆のときこそが、則ち三叉路に立っているのであろう。もし「慢心」の方向に進むと、破滅が待っている。せっかくそれまで築いてきたものが一瞬にして消えてしまうことに。
「治まりて乱るるを忘れず」と、よい時にこそ慎重に、且つ謙虚に振る舞うことで、より高みに手が届くというもの。
その大事件は、先輩諸氏や友のありがたさを教えてくれました。また、慢心を戒める教訓をも得ることができました。
おかげで14年半もの長い間、中国に駐在することになり、その間ずっと心に言い聞かせることができました。そして成功という果実を手にすることができたのです。人生の途上では様々な出来事に遭遇しますが、その一つひとつに無駄なものは何もないのです。