【人を恃(たの)むは自ら恃むに如かず】 当てにはできない帰属意識の薄い社員
時に、面と向かって頼もしいことを言ってくれる社員がいる。会社のために懸命に頑張ります、などと。しかし…
成功のヒント 中国ことわざ・格言
匠人棺を成れば、則ち人の妖死せんことを欲す
- 中国語:匠人成棺,则欲人之夭死也 [ jiàng rén chéng guān zé yù rén zhī yāo sǐ yě ]
- 出典:韓非子(備内)
- 意味:匠人(職人)は棺を作ったら、人が夭死(若死に)することを思う。人が死んでくれたら棺桶が売れ、自分の利益になる。
人を恃(たの)むは自ら恃むに如かず
- 中国語:恃人不如自恃人 [shì rén bùrú zìshì rén]
- 出典:韓非子
- 意味:他人を頼むより自分を頼め。「恃む」とはあてにすること。他人を頼むことは愚かであり、それよりも自分を信じ、自分の力で解決する以外にない、ということ。
粉身砕骨
- 中国語:粉身碎骨 [ fěn shēn suì gǔ ]
- 出典:三国·魏·曹植(谢封甄城王表)
- 意味:ある目的のために、命を惜しまないこと。
目瞪(とう)口呆
- 中国語:目瞪口呆 [ mù dèng kǒu dāi ]
- 出典:赚蒯通
- 意味:目を大きく見開き口をぽかんと開けるさま。驚き呆然とする。あっけにとられる。
記事:【人を恃(たの)むは自ら恃むに如かず】 当てにはできない帰属意識の薄い社員
大見得を切ったが
日本語を流暢に話す現地のある若い社員は、「会社のために一生懸命に仕事を頑張ります」と。個人主義が専らの中国で、「会社のために」と言う言葉は、普段なかなか聞くことがありません。利己主義はいただけませんが、個人主義は悪くはないと思います。個人として力をつけることは、結果として会社のためにもなるのですから。
いずれにしても「粉身砕骨」の努力をするとは、頼もしい限りです。将来に期待が持てる社員だと感じました。
ところが、そのわずか数日後、彼は突然会社を辞めてしまったのです。
日本語を武器に
つい先日の力強い勇壮な発言はいったい何だったのか。あまりの落差に、「目瞪口呆」、驚きとともに唖然!
よくよく聞いてみると、二倍の給料を出す会社が見つかったので、彼はそっちに行ったとのことでした。一般的には、当時の日系企業の給与水準は国内企業よりかなりよく、なかなかの人気でしたが、欧米系外資企業の中にはそれよりはるかに高く、ある種の憧れであったようです。
彼は、日本語という自身の武器を以て打って出たということでありましょう。
実は、大連の日本語学習熱はかなりのもので、街の中のお店などでもよく日本語を耳にします。どの日系企業にも何人かの流暢な日本語を話す社員がいます。懸命に身に着けた「日本語」という特技を、キャリアアップに繋げようとするのは当然のことであって、理解も出来ます。
利益によって動く
また、辞めることになった営業員は、自分の顧客などの名刺を持ったまま去っていくのが普通のようです。会社から給料をもらい社員として仕事をして得た情報ですが、自分が努力して知り得た営業情報なのだから自分のものだ、そう考えて何が悪いのか、と言わんばかり。
個人をベースにいろんなコミュニティを持ち、生活をし、仕事をしている彼らにとっては、人脈は命、財産に次ぐ大事なものであると考えているはずです。
つまり、総じて人は利益によって動く。常に損得を考えているというのが韓非子の考え方。「匠人、棺を成れば則ち人の妖死せんことを欲す」という言葉も残しています。棺桶職人は、人が死んでくれたら儲かると。少々不謹慎ではありますが、道理でもあります。
他人を当てにするな
待遇の良さだけにつられてさっさと辞めていく社員、名刺をごっそり持ったまま辞める社員、共通しているのは会社への帰属意識がとても希薄であることです。
古来、内戦を繰り返し、味方であったはずの人から裏切られるなどの長い歴史の中で、頼れるのは自分だけという考え方が身に沁みついているのか、「人を恃むは自ら恃むに如かず」という言葉が残されています。他人を当てにするな、という考え方と帰属意識の薄さは、表裏をなしているのではないでしょうか。
であるならば、通常よりも少し良い条件で仕事をしている、特技を持った社員は、いずれもっと条件の良いところへ移って行く可能性が多分にあるということ。
つまり、経営マネジメントや会社施策を検討する際には、社員には帰属意識はない、という前提で考えたほうがよいかもしれません。
一方、本当に必要な人材であれば、給料もさることながら、それ以外の面で引きつけておく「何か」を持っていなければ、と強く思います。それは総経理の魅力、会社の魅力と言えるのかもしれません。
加えて、会社では「団結して取り組もう!」等と言う総経理も、顧客や政府機関との関係においては、個人対個人の関係を築くことに腐心しなければなりません。
そういった総経理の「個人主義」は、結果として会社を守り、社員やその家族を守ることにもつながります。