悠久の歴史をもつ中国。その長さは4000年にも及ぶという。日本は600年に遣隋使派遣を行い、そこからでも千年以上中国との関わりを持っています。

近年においては1949年に新中国が建国され、以来日本・中国の国交はありませんでした。そんな中で1968年、創価学会池田会長(当時)が日中国交正常化提言を発表、その4年後、日中共同宣言が調印され国交が回復し、さらに1978年には日中平和友好条約が調印されました。

その後、日中関係は順風満帆であったかと言えば、まったくそうではなかったようです。多くの紆余曲折があり、良くなったかと思えばまた逆戻り、ずっとその繰り返しであったように思います。

私が中国に赴任したのは、日中平和友好条約が締結された20年後。中国ビジネスの現場や生活のなかでも、ギクシャクした両国間の関係を肌で感じてきました。

一衣帯水とは、実はちっとも近くない

一衣帯水と言われる両国の関係。確かに、地理的には日中間はとても近い。中国沿海部と関空や成田間は2時間半~3時間程度です。

「衣帯」とは一筋の帯のように細長く続く狭い川のことで、向こう岸が見える程度の川、をイメージしますが、この言葉の語源になっているのは「長江」。川幅は20キロ、長さ6300キロという、途方もなく大きな川のことをいっています。

一度だけ、上海からその向こう岸の南通市までフェリーで渡ったことがあります。向こう岸と言ってもはるか向こうに霞んで見えません。感覚は「海」です。

ですから、一衣帯水と言っても、向こう側とこちら側では大きな隔たりがあり、価値観などが違っていても実は当たり前。言わば一衣帯水だからこそ、お隣さんとの付き合いは容易ではないという気がします。

 

違いを乗り越える

中国とは何の縁もない私が赴任したのは、1992年のいわゆる「南巡講話」の6年後のことです。

南巡講話によって改革開放政策が加速され、やがて「世界の工場」と呼ばれ、ものすごい高度成長期がまさに始まろうとしているときでした。

以来、上海、大連と約15年にわたって、現地子会社の総経理(社長)として駐在勤務を通し、仕事現場や生活現場で“実際”の中国を体で感じてきました。

揺れ動き、きしむ日本と中国の関係に加えて、何もかもが異なる環境の中で、任された現地法人の経営を成功させるため、様々な試行錯誤と失敗を重ね、そして必死の努力を続けました。

その結果、双方の「違い」という高い壁を乗り越え、さらに、現地に根を張り業績を大きく伸ばし、事業として大成功に導くことが出来ました。

自他共の精神

その過程で私なりに学んだ成功のツボは、ひとことで言うならば、「自他共に」という考え方で物事に対応し実行するということでした。

いわゆる”双赢(ウィンウィン)”の関係を築くことだと思います。もちろん、儲かることだけではなく、様々なシーンで相手を思い思慮をめぐらすということです。

相手の足元を照らしてあげたら、結果として自分の足元も明るくなる、というのが「自他共に」という思想です。

それは、社内では社員に対して、また商売上では取引先顧客、政府機関など対外的な場面や、生活するうえで自分の周辺のすべてに対して、自分と相手の両者が利するためにはどうすればよいかということを思考する。それこそが、価値観や習慣の違いを乗り越えることにつながると確信するに至りました。

 

自分磨きを怠らず、自己を高める努力

また、外国人である日本人が異国の地で成功するためには、現地の人たちから尊敬されるようになることが欠かせないファクターです。

経営能力やマネジメント力だけではなく、自身の「人間力」が必要であり、常にそれを磨くことが必要です。そのために自己を高める不断の努力が求められます。

とにかく、途方もなく、そして圧倒的な歴史をもって現代を生きる中国。そこでのビジネスを成功に導くのは容易ではありません。

言うほども「友好的関係」ではないからこそむしろ「友好」ということが叫ばれ、今後もおそらくは両国の関係はよくなったり悪くなったりを繰り返すであろうと思います。

そういった環境の中で、できるだけ国同士の関係には影響されずに、安定したビジネス展開の中で「成功」を見出す。そうありたいと願望するばかりです。

 

約15年間にわたり、中国のビジネス現場で実際に体験した、現場目線での「成功のリアルなツボ」をことわざ、格言を通して読み解いていきたいと思います。

 

曽賀善雄(そが よしお)                   作者プロフィール

筆者:曽賀善雄

1949年生まれ。1971年大手セキュリティサービス会社に入社。主として関西地区で営業及びマネジメントを27年間経験。

1998年6月から2000年3月まで中国・上海のグループ現地法人の総経理(社長)として勤務。その後2000年4月から2012年12月末まで12年半にわたり中国・大連の現法で総経理(社長)として勤務。2013年1月に63歳で帰国。その後、本社勤務を経て2014年7月リタイア。
自身の座右の銘は「理解・納得・共感」

▮新HSK6級スコア192を保有

※HSKは中国国家漢語国際推進事務室が主催し中国政府教育部が公認する中国語検定です。
6級は新HSKの最上級試験です。

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中国ビジネスの成功を勝ち取る ことわざ・格言

一帆风顺 / 順風満帆

◆中国語:一帆风顺   [ yī fān fēng shun ]

◆日本語表記:一帆風順

◆出典:清·李渔《怜香伴·僦居》

◆意味:すべてのことが何の障害もなくうまく運んでいること。

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一衣带水

◆中国語:一衣带水  [ yī yī dài shuǐ ]

◆日本語読み:「いち、いたい、すい」

◆出典:南史·陈纪下

◆意味:細い帯のように、長く狭い川や海峡のこと。二つのものがきわめて近いことの例え。

◆陳の国の王は酒色におぼれることがひどく、民は生活に苦しんでいた。それを見た隋の文帝が「私は人民の父母である。帯の様な一本の川(長江)の隔たりがあるというだけで、どうして彼らを救わずにいようか。」と言って陳の国を討伐した。(一衣帯水という言葉には皮の向こう側の相手を滅ぼすというところが語源になっている?)

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双赢 / ウィンウィン

◆中国語:双赢   [ shuāng yíng ]

◆マーケティング用語

◆中国における兎と亀の競争の故事。

兎と亀の第一回目の競争。兎は慢心を起こして途中で寝てしまい、亀が勝ちました。競争後、兎は納得できず、二回目の競争をすることになりました。兎は一回目の経験を教訓として、寝ないで一気にゴールまで走り抜け、今度は兎が勝ちました。すると負けた亀が納得せず、三回目の競争をしようと言い出しました。そして、亀は「前の二回は兎が競争コースを決めたのだから、三回目は僕が決める!」と言いました。兎は、どう見ても亀より早く走れるのだから、亀が決めたらいいと考えた。

ということで三回目は、亀が決めたコースで競争することになった。またも兎が前を走り、ゴールが近づいたとき、川に行く手を阻まれました。兎は川を渡ることができません。亀はゆっくりと進み川を泳いでわたり、またもや勝ちした。

彼らは「こんなことをいつまでやるのか。我々は互いに長所を補い合って合作しよう。」と言った。そこで、陸上では兎が亀を背負って走り、川では亀が兎を背負って泳ぐ。そして同時にゴールする。ウィンウィンという結果だ。現代のマーケットでは必要なことです。

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