【功遂げ身退くは天の道なり】 上班族の総経理とて同じ 潔くありたい
大相撲の力士が引退表明、プロ野球などスポーツ選手の引退会見。はたまた、議員先生が次期選挙に出馬しないことになった。等々、それぞれ立場は違っていてもこういう節目は人生にはつきもの。寂しいけれど仕方がありません。では、サラリーマンは…
成功のヒント 中国ことわざ・格言
依依惜別
- 中国語:依依惜别 [ yī yī xī bié ]
- 出典:·陆游(舟中对月)
- 意味:別れを惜しむこと。後ろ髪を引かれる。
奈何ともす可き無し(無可奈何)
- 中国語:无可奈何 [ wúkě nàihé ]
- 出典:庄子(人间世)
- 意味:如何ともしがたい、との意。
功遂げ身退くは、天の道なり
- 中国語:功遂身退天之道 [ gōng suí shēn tuì tiān zhī dào ]
- 出典:老子
- 意味:功を成し名を挙げたなら、その地位から我が身を退くことが天の道にかなっている、との意。
月満つれば則ち虧(か)く
- 中国語:月满则亏 [ yuè mǎn zé kuī ]
- 出典:史記(范雎蔡泽列传)
- 意味:月は満月になると、後は必ず欠ける。物事は盛りに達すれば必ず衰えはじめるということの例え。
当機立断
- 中国語:当机立断 [ dāng jī lì duàn ]
- 出典:答东阿王笺
- 意味:(分かれ道に至った時など)機会をとらえて、ためらわずに決断すること。「立」は即刻、直ちにの意。
記事:【功遂げ身退くは天の道なり】 上班族の総経理とて同じ 潔くありたい
不本意ながら
中国に赴任して15年近くが経過、年齢が63歳を越えた年末、総経理(社長)の職務を解き、同時に本帰国の旨の内示を受けました。
駐在期間の内、12年半に亘って担当した大連の現地会社の業容も随分拡大し、それなりの成功を得た、自分には「まだまだできる」という自信もある。しかし、本社の決定には従わざるを得ません。上班族(サラリーマン)にとっては「無可奈何」。2012年末をもって職務を終えると共に駐在期間も終了し、翌2013年お正月に帰任することになりました。
未練がましい
49歳の時に、突然の社命を受けて上海に赴任。それが中国との関わりの始まり。その後50歳で大連へ異動。以降ずっと日本での仕事ではなかなか得られない、充実した毎日を続けていました。
中国駐在約15年間を過ごし、その内12年半もの長きにわたって大連に駐在。そこで共に苦労した社員の仲間達、さらに親しくしていただいた中国の顧客、関係機関の方々、また、生活感漂う大連の街並み…
本帰国の内示を受けてから実際に帰国するまでの約1か月の間は「依依惜别」、後ろ髪を引かれる恋々たる思いが続く日々でありました。自分の周囲が「帰らずにずっと此処に居ろよ」と言っているように思えて溜め息ばかり。
ためらいなく
スポーツ選手の引退や、政治家の出処進退など、それぞれが自分で決めるもの。その点、サラリーマンは会社が決めてくれるし、定年という制度もあるから気楽なものだ、とは早計というもの。
駐在員の中には社命に従わずに、会社を退職し現地に残る人もいます。どちらが正しいとか誤りであるとかではなく、人生の中で将来を大きく左右する分かれ道に立って、決断するのは自分自身であるということです。
ただ言えることは、「当機立断」、ぐずぐずせずためらわずに決断したいものです。そのためには、日頃から熟慮し、準備しておくことが大事です。
如何に恋々とした思いが強くあったとしても、即断することで自らのなよなよした気持ちを断ち切って、新しいステージに上がることができる。そうしなければ悔いが残るということではないでしょうか。
満月のよう
「月満つれば則ち虧(か)く」とは、史記にある言葉。「まだまだできる」との思いは、欠けていく満月の状態であるのかもしれません。
いつまでもその地位に恋々としていれば、満杯になった水が少しの揺れでこぼれてしまうように、返って不都合な状況が出てくるかもしれません。それに、会社組織にあっては、時には人心を一新することも必要なのではないだろうか。
最後の仕事
本社の社長に上りつめたというような大それたことではありませんが、現地会社の経営という与えられたミッションに対し、自他ともに認められる業績を上げたのなら、その次はいつ身を引くのか、ということ。
そうは言っても人間は歳をとっても野望をもっていることもあるでしょうし、もっとやりたいと希望することもあって、退き際というものはそんなに簡単には踏ん切りがつかないことも。それが人間というものです。
老子は「功遂げて身 退(しりぞ)くは、天の道なり」と。功を成し遂げたらさっさと身を引くことで、それまでの名声が高く保たれることになります。
様々な思いが錯綜し潔くとはなりにくいでしょうが、せめて、外見だけでも潔く身を退いたように見てもらうことを考えたいものです。「サラリーマン総経理」として、自分が退き後進に道を譲ることは、総経理としての最後の仕事なのかもしれません。