【修飾辺幅】で良いことは何もない 桜梅桃李で行こうありのままに…

自身が大連で植樹した桜(2015年5月)

他人を羨むことや背伸びをする必要はないのです。大事なことは、「自分らしく」。そこには気負いも衒いも必要ないということではないでしょうか。どこまでも自分らしく、ありのままに懸命に生きる。桜梅桃李の原理を忘れずに。自分は総経理(社長)である前に一人の人間なのですから。

 

成功のヒント 中国のことわざ・格言

▮今回のことわざ(五十音順)

 

竭尽全力 / 竭尽全力(けつじんぜんりょく)

  • 中国語:竭尽全力   [ jié jìn quán lì ]
  • 出典:三国志(魏志·贾逵传)
  • 意味:持てる力の全てを出し尽くすこと。最大の努力をすることの例え。

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修饰边幅 / 装飾辺幅(へんぷく)

  • 中国語:修饰边幅   [ xiū shì biān fú ]
  • 出典:後漢書(马援传)
  • 意味:「辺幅」はうわべ、外見の意。外見を取り繕って見栄をはること。

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独一无二 / 独一無二

  • 中国語:独一无二   [/responsivevoice] [ dú yī wú èr ]
  • 出典:延寿辑(宗镜录)
  • 意味:他に二つとないこと。唯一無二。

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表里如一 / 表裡如一

  • 中国語:表里如一   [ biǎo lǐ rú yī ]
  • 出典:文心雕龙·附会
  • 意味:考えていることと現行が一致すること。表裏がないことの例え。

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妄自尊大 / 妄自尊大

  • 中国語:妄自尊大   [ wàng zì zūn dà ]
  • 出典:後漢書(马援传)
  • 意味:自らを大したものであるとして、他の人を軽視すること。やたらと偉そうに振舞うこと。

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記事:【修飾辺幅】で良いことは何もない 桜梅桃李で行こうありのままに…

▮妄自尊大

 予備知識のひとつとして持たずに中国に赴任した総経理(社長)。彼の拠り所は日本での自分の経験だけ。「日本式」のやり方で中国人社員に接し、しかも、本社の期待を背にしてここでやらねば、としゃかりきになって走り出す。

 しかし、そこは日本とは習慣も考え方も大きく異なるのです。そんな総経理のやり方は現地社員の目には「妄自尊大」として、大層偉そうに振舞う人だと映ったのではないか思います。

 

▮表裡如一

 残念ながら、そういう偉ぶった人の周囲には人は集まらない。中国のことを何もわかっていないにもかかわらず、偉そうにする「中国ど素人」。それは見られ方がそうなるだけのことなのだが、問題は他にある。総経理は現地のマーケット攻略に際して、現地の社員たちと「表裡如一」の共同団結して当たるのが本来であるが、尊大な態度の総経理を前にして社員たちは、それとは反対の状況が生まれる。つまり、総経理を前にしたときと、そうでないときの態度言行の違いが明らかに大きくなる。

 それではいくら号令をかけても肝心の社員は動かず、業績は「そこそこ」の低迷状態に至る。本社からの評価も上がらない。それで困るのは総経理自身である。

 

▮装飾辺幅

 「お前、また何か、やらかしたのか」。

 一口に「海外勤務」と言っても行く先によって様々。自ら海外勤務を希望したの出ない限り、場合によっては出世の本流から外れたという変な認識を持たれていることだって考えられます。まるで「島流し」に遭ったかのような言われ方。

 しかし、例え日本国内で出世街道をひた走るエリートであっても、中国に赴任した当初は一年生。とるべき態度はどうすればよいのか自ずと見えてきます。

 ましてや日本では一介の平凡な社員であった人が突然、中国に総経理(社長)として赴任。「装飾辺幅」とばかりに見栄を張り偉そうに振舞って、誰が支持をしてくれるというのか。出自は一介のサラリーマン、気負いと共に気持ちが早やっていたことが、そうさせたとはいえ淋しいものです。

 

▮竭尽全力

 何千年にもなる悠久の歴史に裏打ちされ現代を生きる中国人の中に、突然やってきた外国人総経理がれだけ逆立ちし、力んで向かって行っても歯が立つわけがありません。大上段に構えることなんてさ、ほどの意味を持たないことに気がつかなければなりません。

 奇をてらうこともなく、自分らしくありのままに、但し一生懸命仕事をすることが最善の策です。大事なことは「竭尽全力」。持てる力を出し切って一所懸命に仕事に取り組む姿勢は、間違いなく周囲から好感を持たれます。

 

▮桜梅桃李

 「桜」「梅」「桃」「李」、この4種類の木は、おたがいが近い仲間で、よく見ないと違いが判らないほど似た花を咲かせます。しかし、花の形や色、香り、それに咲く時期も微妙に違いますが、どれも可憐な花が咲きます。

 こんなふうに、それぞれ違うけど、どれもすばらしい。それが「桜梅桃李」の意味です。

 桜には桜の、梅には梅の、それぞれに良さがあります。桃が「李になりたい」と思っても、李にはなれませんし、そんなことを思う必要もありません。桃は桃として、堂々と咲くところがきれいであるはずです。

 人も同じ。この世で自分は「独一無二」の存在。他人を羨むことや背伸びをする必要はないのです。大事なことは、「自分らしく」。そこには気負いも衒いも必要ないということではないでしょうか。

 どこまでも自分らしく、ありのままに懸命に生きる、桜梅桃李の原理を忘れずに。自分は総経理(社長)である前に一人の人間なのですから。

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