論語には【泰にして驕らず】と 中国ではこういう総経理が成功する

高いところからはよく見えないことも(大連2017年11月)
泰にして驕らず
中国現法のトップである総経理(社長)のことを雲の上の人だとある人は言う。日本では普通の中間管理職であった人が、ある日突然中国に赴任。出勤時刻になると出迎えの車が来る。自分のデスクに坐るとお茶が出てくる。このあたりから勘違いが始まる。その行きつく先は傲慢。能力は日本勤務時代と何ら変わらないのに、何か偉くなったように。
論語には「君子は泰(やすらか)にして驕らず」とあります。君子とは泰然としているが謙虚でもあるというのです。いくら小さな会社であったとしてもその組織のトップは総経理。国の君子と同じ立場です。そのトップが驕っていたのでは御里が知れるというもの。卑しい姿を晒すことなく立場の高さと背中合わせの謙虚さをもってマネジメントに臨むべきです。
目空一切
現地会社の総経理は経営者(責任者)としてピラミッドの頂点に立ち、社員たちを睥睨しつつ会社組織を牽引することには違いありません。しかし、もし「目空一切」と言われるように、目には自分以外の何も入らない状況になってしまうと、これは権威主義と言わざるを得ません。それでなくても「雲の上の人」には雲の下にある地上の様子はわからないのです。
例えば、現場の社員は何を考えているのか、会社運営の現状をどう思っているのか等々、さっぱりわかりません。もちろん現地の顧客への対応の適否は想像もつかないでしょう。そうなると、適切な施策や方針など打てるわけがありません。
下情上達
権威主義に陥ることがようにするには、総経理は時として雲の下、つまり地上に降り立つことも大事ではないでしょうか。その際には全社員が同じ土俵に乗り、総経理がその中心にいる。最も近くに幹部社員の輪があり、その外側に社員の集団が取り巻いている。いわば平面的組織を取ることが有用であると考えます。
そうすれば、「下情 上に達す」と管子が言っているように、トップである総経理は下の状況や意見を比較的汲み取りやすくなります。
加えて総経理は幹部社員を頼ることがひとつの肝ではないかと思います。妥当な給与改定額の洞察、社内イベントの仕切り、社員の向こうにいる顧客管理等々、総経理自身ではなかなか見えてこない課題を適切に捌くことができるのも、幹部社員の協力があってこそ。
現地の中国人スタッフを頼るということは、その社員にスポットライトを当てることに他なりません。その社員も自分にスポットライトが当たっていることを感じるはずです。その結果、その社員のやる気を引き出すことになります。
已甚だしきことを為さず
リーダーたる総経理が組織の頂点にいて、ふんぞり返っていたのでは、社員は「やらされている」感が強く、仕事にも大した効果はありません。大切なことは責任者自身が謙虚であることが必要であるのは論を待ちません。サラリーマンとはいえ一国の主となると、自分が偉くなったと錯覚したり、それを鼻にかけ社員たちを見下したりしかねません。
日本では平凡な普通の社員(私もです)が、中には、中国に派遣された途端に上から目線で中国人社員に接する日本人がいます。そんな、心が貧しい人間はいずれ自滅するということです。
そうはなりたくなければ謙虚な人間になることです。謙虚であればこそ、伸びしろができるというものです。慢心していては自己の成長は望むべくもありません。
しかし、中国において、謙虚も過ぎると場合によっては彼らに舐められてしまいます。そうなっては、ふんぞり返っているよりもさらに厄介なことになりかねません。
孟子は「已甚(はなは)だしきことを為さず」と、何事も度を越さないように警告しています。中国で事業展開をする総経理(社 長)には、近寄りがたい威厳さと、人懐っこさ、(親しみ)の両方を併せ持つことが必要であると私は考えます。そのバランスをうまく撮ることが腕の見せ所ということでしょうか。
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成功のヒント 中国のことわざ・格言
君子泰而不骄 / 君子は泰(やすらか)にして驕らず
◆中国語:君子泰而不骄 [ Jūn zǐ tài ér bù jiāo ]
◆日本語表記:君子泰而不驕
◆出典:論語(子路編)
◆原文:君子泰而不骄。小人骄而不泰。(君子は泰にして驕らず。小人は驕りて泰ならず。)
◆意味:君子は泰然としながらも謙虚である。凡人は傲慢であり威張り散らす。
下情上达 / 下情 上に達す
◆中国語:下情上达 [ xià qíng shàng dá ]
◆出典:管子(明法)
◆意味:下の者の状況や意見が上位に届くこと。
不为已甚 / 已甚(はなは)だしきことを為さず
◆中国語:不为已甚 [ bù wéi yǐ shèn ]
◆出典:孟子(离娄下)
◆意味:度を越さないこと。
目空一切 / 目空一切
◆中国語:目空一切 [ mù kōng yī qiè ]
◆出典:镜花缘
◆意味:目の中に自分以外には何も無いとの意。眼中に人なし。傲慢この上ないこと。