個人主義の現代中国 何故【人の和に如かず】が望まれるのか

CRH3型の高鉄 時速300㌔で突っ走ります(2018年5月)
もとから中国の総経理(社長)は超ワンマン。紀元前の大昔に孟子は「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」と言っていますが、そんなことには目もくれず、ガンガンと強烈に組織を引っ張っていたようですが…
機関車総経理
総経理とは中国においては社長に相当する役職。本来は、董事会(役員会に相当)の下に位置して会社全体を統括管理する責任者なのです。社員達の前に君臨し睥睨する絶対君主ではないのですが、何せ現地のことをわかっていないが故に日本本社からは何も言ってこない。もちろん社員から見れば畏れ多くも総経理は雲の上の存在。結局、絶対君主ではない総経理ですが、あたかもそうであるかのように自由に権力を行使することが間々あるようです。
その結果、社員は総経理から言われたことだけやっていれば給料がもらえる、単なるルーティンワーカーということになってしまいます。
会社が設立されて10年近くにもなるのに、未だに顧客台帳なる紙資料を書き続けていた担当者がいました。両手を広げても抱えきれないほどの紙ファイルを宝物のように。今の時代、パソコンを活用しファイルをデータ化すればどれだけ簡素化、効率化できることかと思いますが、実際には「抱残守缺(残を抱き缺を守る)」と、古いものを後生大事に抱え込んでいたのです。原因は総経理から何も指示が無かったから。
また、例えば総経理が出張などで不在になると業者への支払いや社員の業務交通費の精算すらできなくなり、会社の一部であっても機能不全に陥ってしまいます。良くも悪くも組織の先頭に立って引っ張っていた総経理は会社の頭脳であり、エンジンでもあったのです。
觥飯は壷飧に及ばず
そんな機関車牽引型の組織運営もそろそろ時代遅れ。ものすごいスピードで変化した高度成長期を経た今の中国は昔の中国ではありません。
昔はなかった携帯電話が出現し、どこにいても連絡を取り合うことができるようになりました。電話以外にも連絡はメールを使うことが一般的になりましたが、それでも返事が届くのに時間がかかるEメールはスピードが足りないようで、私がいた当時、既に仕事にも微信(We Chat)などのチャットがよく使われていました。
子供を毎日見ていると成長度合いがわからないものですが、中国の変化は、毎日どっぷり浸かっていても、周りの変化がわかるのですから尋常ではありません。
現代は求められるのはやはりスピード。中国古典には「觥飯は壷飧に及ばず」とあります。時間がかかる立派なごはんよりも、すぐ食べられるお茶漬けが良い、というのです。とにかく、人よりも速く走らないとこの競争社会で勝ち目はありません。
人の和に如かず
昔は蒸気機関車が客車を引っ張っていましたが、その後、電気機関車に変わってその当時としては大きくスピードアップしました。今では、中国にも新幹線型の高速鉄道(高鉄)が開通して以来、都市間の移動が一気に速くなりました。たとえば、大連~瀋陽間は約380キロ。私が瀋陽への出張時によく利用した電気機関車が引っ張るタイプの特急では約4時間を要していました。しかし2012年12月に開通した高鉄では約2時間半です。
総経理がまるで怪力の機関車のごとく組織を引っ張る旧来のやり方では、現代の変化速度にはついていけそうにありません。後塵を拝すようではこの激しい競争社会で勝ち目はないのです。従来型の会社運営を、社員それぞれにモーターを具え、総経理という運転手の号令のもと、すべてのモーターが一斉にうなりを上げて回り出す新幹線型であれば高速で走れます。
しかし、ひとつ問題が。
新幹線型組織運営を実行するに当たっては、多くのモーターが気持ちを合わせて回転するようにしなければなりません。でないと全体の動きがぎくしゃくして速く走るどころではなくなってしまうということです。
従来は個の力が重点にありましたが、今は個の力に加えて「人の和」や「意思の疎通力」が必要になってきているのです。孟子は「天の時は地の利にしかず、地の利は人の和に如かず」という言葉を残しています。事業を成功させるためには「人の和」、つまり内部の団結が最も重要であるということです。会社幹部の皆さんの団結があれば、息を合わせて高速回転し速く走れるようになるということです。
覚悟せよ総経理
時にはモーターが故障したり調子が悪くなることもあるでしょう。総経理は保守点検や修理も行う運転士なのです。号令を出せばすぐにモーターが反応する、それを下支えするのは、実は、総経理(社長)が自身の感性を研ぎ澄まし高める努力を続けることに他なりません。
人よりも速く走らねば競争には勝てない。それは会社組織として速くなくてはなりません。そのためには社員同士の「和」つまり団結です。
そしてもうひとつ大事なことは、史記にある「万死一生を顧みず」というほどではないにせよ、総経理は覚悟を決めねばならないということです。何かをやろうとしていちいち日本本社にお伺いを立て稟議していたのでは、スピードも何もあったものではない。無茶はできないものの自分で責任を持つというどっしりとした覚悟が求められます。業績さえ上げておけば本社もそうそう文句は言えないはずです。
☛ 「成功を収めるための重要ポイント 現場目線で見たツボ」 はこちら
成功のヒント 中国のことわざ・格言
天时不如地利、地利不如人和 / 天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず
◆中国語:天时不如地利、地利不如人和 [ tiān shí bù rú dì lì, dì lì bù rú rén hé ]
◆日本語表記:天時不地利、地利不如人和
◆出典:孟子
◆意味:事業を成功させるには、実行のタイミング(天の時)、立地条件(地の利)と内部の団結(人の和)の三条件をそろえなければならない。孟子は、その中でも「人の和」が最も大事であるといいました。では、「人の和」はどうすれば実現できるか?孟子によれば、正しい道に則った、皆に支持される目標を示すことであると訴えたということです。
觥饭不及壶飧 / 觥飯(こうはん)は壷飧(こそん)に及ばず
◆中国語:觥饭不及壶飧 [ gōng fàn bù jí hú sūn ]
◆出典:国语·越语下
◆意味:觥飯は立派なごちそうのこと。壷飧は質素な水かけ飯のこと。空腹のときは時間がかかるごちそうは、すぐにできる水かけ飯に及ばない。急いでいるときには、事が整うのを待つよりも、手っ取り早くことを進めた方が良いとの意。スピードが大事。
万死不顾一生 / 万死一生を顧みず
◆中国語:万死不顾一生 [ wàn sǐ bù gù yī sheng ]
◆出典:史记(张耳陈余列传)
◆原文:“将军瞋目张胆,出万死不顾一生之计,为天下除残也。”(将軍、目を瞋らし胆を張り、万死に一生を顧みざるの計を出し、天下のために残を除くなり)
◆意味:生き延びることを考えずに必死の覚悟で当たること。
抱残守缺 / 残を抱き缺を守る
◆中国語:抱残守缺 [ bào cán shǒu quē ]
◆出典:漢書(刘歆传)
◆意味:古いものを後生大事に抱え込むこと。保守思想を形容した言葉。