【臨時抱仏脚】コツコツ努力もせずに苦しい時になって何を今更

大連ブルー いつまでも変わらないことを祈ります(2014年2月勝利広場前)

困った時にだけ神仏の加護を請う。よくあることで、人の常とは言え身勝手なものです。しかし、それではすぐに化けの皮が剝がれるというもの。日頃からコツコツと積み上げる努力が大切であると心得たいものです。

 

成功のヒント 中国のことわざ・格言

牛头不对马嘴 / 牛頭は馬嘴に対せず

  • 中国語:牛头不对马嘴   [ niú tóu bù duì mǎ zuǐ ]
  • 出典:明・冯梦龙(警世通言)
  • 意味:牛の頭は馬の口に合わない。ロジックに合っていないことの例え。頓珍漢(とんちんかん)であること。

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四海兄弟 / 四海兄弟

  • 中国語:四海兄弟   [ sì hǎi xiōng dì ]
  • 出典:論語(顔淵)
  • 原文:四海之内皆兄弟(四海の内、皆兄弟なり)
  • 意味:四海は国内、世の中、天下、世界などの意。世界の人々が皆兄弟のように、親しみあうべきだ、という意。四海同胞。

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临时抱佛脚 / 時に臨みて仏の脚を抱く  

  • 中国語:临时抱佛脚   [ lín shí bào fó jiǎo ]
  • 日本語表記:臨時抱仏脚
  • 出典:唐・孟郊(读经)
  • 意味:その時になって仏の足に縋りつく。つまり、普段努力をしないで、その期に及んでむやみに慌てること。付け焼刃。苦しい時の神頼み。

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礼仪之始、在於正容体 / 礼儀の始めは容体を正すにあり

  • 中国語:礼仪之始、在於正容体   [ lǐ yí zhī shǐ, zài yú zhèng róng tǐ ]
  • 出典:礼记(冠义上)
  • 原文:礼仪之始,在于正容体,齐颜色,顺辞令。(礼儀の始めは容体を正し、顔色を斉え、辞令を順にするに在り)
  • 意味:礼儀の基本は、姿勢や態度を正す、顔色をととのえる、言葉使いに注意する、の三点であるとの意。礼記ではおよそ人である所以は礼儀にある、と言っています。

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記事:コツコツ努力もせずに苦しい時になって何を今更

▮四海兄弟

 1992年の南巡講話から始まった中国の経済成長。その後、ものすごい勢いで経済が発展するにつれて環境汚染の問題が深刻化しました。特に北京など内陸部の大都市では空気汚染がひどくなりマスコミでも報道され、実際に霞んで遠くが見えないほど。

 しかし、2008年首都・北京に突如青空が蘇ったのです。その日は北京五輪の開幕式。国家の威信をかけた超ビッグイベント。この日の空がよどんでいたのでは大事な面子が立とうはずがありません。

 そこで、市街地を走る車の数をナンバープレートによって半減させ、周辺工場の操業も一時的に停止する等の規制を行いました。

 また、開会式当日、予想された雨を回避するために、何と、1100発ものロケットを打ち、北京郊外で人工的に雨を降らせ、会場付近の雨雲を消滅させました。そこまでやるかと思わなくもありませんが、とにかく必死の努力が実り開幕式の日は見事な青空が戻り、世界に対しての体面が保たれました。

そうして、論語にある「四海兄弟」とい言葉のとおりに、世界中からの人々を迎え寿ぎ、北京五輪は大成功となりました。

 

▮礼儀の始めは容体を正す

 超ビッグイベントが中国で行われたのですから、その効果は大連にも波及しました。例えば空港の出入国検査で、従来はぶっきらぼうな表情で肘をついてパスポート審査をしていた担当官の態度が一変。ニーハオと声をかけてくれるようになったのには驚きました。

 礼記には「礼儀の始めは容体を正すにあり」と礼儀の基本を教える言葉があります。礼儀をわきまえて謙虚に人に接すれば自ずと兄弟のような親しみを感じるというもの。また、身近にあるスーパーでも釣銭の投げ渡しも見かけなくなったのもその頃からです。

 

▮牛頭は馬嘴に対せず

 北京五輪が開催された2008年当時の中国は高度成長の真っ只中。新たに進出する日系企業も多数あり、日本語人材が不足していました。また、中国現地で就職しようとする日本人も少なくありませんでした。即戦力の人材がいる一方で「ん?」と思われる場合も。

 入社面接時に尋ねられた応募動機について、ある応募者は「中国語をマスターしたい」と。中国古典にある「牛頭は馬嘴に対せず」との言葉。要するにロジックに合わない頓珍漢なことを言うのです。中国語を勉強したいのなら会社ではなく学校へ行けばよい。

 また、別の応募者が「北京五輪まで中国にいたい」と言ったのにはまったく理解不能。当時の現地にはそんな的外れな日本人も少なくありませんでした。

 

▮時に臨みて仏の脚を抱く

 残念なことは、イベントが終了し車の走行や工場の操業などの規制が解除された途端に、空気汚染が元に戻ってしまったことです。

 中国古典にある「時に臨みて仏の脚を抱く」との言葉は、苦しい時の神頼みと同様で、困った時にだけ神仏の加護を請うこと。身勝手な人の常とは言え、所詮は付け焼刃の対策、すぐに化けの皮が剝がれるというもの。日頃からコツコツと積み上げる、不断の努力こそが大切であると心得たいものです。

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