【百行の首】とのことわざ 中国の清明節 変わらない両親への思い

菜の花の花言葉は快活 冬が終わり動き出す季節(2020年3月大阪)

中国東北部にある大連。長かった冬が終わり、空気が清々しく感じられるようになり、間もなく本格的な春の到来。花が咲き新緑が萌える季節がすぐそこに。その頃、街角では何やら燃やしている光景が…

 

成功のヒント 中国のことわざ・格言

哀哀父母,生我劬劳 / 哀哀たる父母、我を生みて劬労す

 

◆中国語:哀哀父母,生我劬劳   [ āi āi fù mǔ, shēng wǒ qú láo ]

◆出典:詩経(小雅・蓼莪)

◆意味:劬労とは疲れ切ること。可哀そうな父母、私を生んで苦労した、との意。自分を生み育ててくれた父母の苦労に対し報い切れていない悲哀の思いを詠んだ一句。

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生事之以礼 / 生けるにはこれに事(つか)うるに礼を以てす

 

◆中国語:生事之以礼   [ shēng shì zhī yǐ lǐ ]

◆出典:論語

◆原文:生事之以礼,死葬之以礼,祭之以礼。(生けるにはこれに事うるに礼を以てし、死すればこれを葬るに礼を以てし、これを祭るに礼を以てす)

◆意味:親が生きている間は礼をもって尽くし、亡くなった時には礼に従って葬儀を行い、その後は礼をもって供養すべきであるとの意。孔子が子として親に孝行するとは何かを説いたものですが、中国の現代社会にもこの考え方が息づいています。

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孝为百行之首 / 孝は百行の首(はじめ)

 

◆中国語:孝为百行之首   [ xiào wèi bǎi xíng zhī shǒu ]

◆出典:颜氏家训

◆意味:親孝行はあらゆる善行の中でその第一番目であるとの意。

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有钱能使鬼推磨 / 銭有らば鬼をして磨推す

 

◆中国語:有钱能使鬼推磨   [ yǒu qián néng shǐ guǐ tuī mò ]  

◆出典:鲁褒(钱神论)

◆意味:お金があれば、幽霊に石臼を引かせることもできる。金があればなんでもできることの例え。地獄の沙汰も金次第。

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山青花欲燃 / 山は青くして花燃えんと欲す

 

◆中国語:山青花欲燃   [ shān qīng huā yù rán ]

◆出典:杜甫(詩:絶句)

◆原文:江碧鸟逾白,山青花欲燃。

◆意味:山の木々は青く(緑)、咲く花は燃え立つように見える。

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記事:中国の清明節 変わらない両親への思い

▮山は青くして

 二十四節気のひとつである春分から十五日、爽やかな季節の到来と共に清明節がやってきます。「山は青くして花燃えんと欲す」と杜甫が絶句で詠んだ季節がすぐそこに。四カ月はたっぷりと続いた大連の冬が終わり、人が動き出す時季です。

 春節や端午節、中秋節などと並ぶ中国の伝統行事の清明節には家族こぞって先祖の墓参りに出かけ、周りの草をむしり墓の掃除をして供え物をするという、紀元前から続く伝統行事です。お墓参りという意味では日本のお彼岸にあたるでしょうか。過ごしやすい季節と言うこともあって、昨今の中国では清明節当日は墓地に向かう道路が車で渋滞することも珍しくないようです。

 

▮烧纸钱

 街中の十字路で見られる「焼紙銭」と呼ばれる中国伝統の風習。亡くなった親族や先祖が死後の世界でお金に困らないようにとの思いを込めて、本物の紙幣を模した紙のお金を燃やすのです。

烧纸钱

 日本では「地獄の沙汰も金次第」とのことわざがありますが、中国で古くから言い伝えられているのは「能使鬼推磨」ということわざ。お金があれば、幽霊に石臼を引かせることもできるという意味です。お金が万能とも理解できますが、その一方で、死後の世界にいる親族のことを思いやる心遣いとも受け取ることができます。「紙銭」の他にも紙製の携帯電話などもあるようで、現代の世相に合わせてこの伝統風習は生きているのです。

 

 

(※)烧纸钱

◆中国語:烧纸钱    [ shāo zhǐ qián ]

◆意味:清明節や亡くなった家族の記念の日に「冥钞」或は「纸钱」を呼ばれる紙のお金を焚く習慣。亡くなった家族が、あの世でもお金に困らないようにと亡くなった親族を思い悼むもの。

◆「冥钞  」[ míng chāo ]

 

 

▮父母、我を生みて劬労す

 大連でのお葬式は早朝の時間帯の行われることが多い。親族は別として、友人として参列する場合は出勤前に葬儀場に立ち寄り弔問をする、と言ったイメージです。

 大連市郊外の火葬場に隣接された斎場では、遺族の方々が悲しみに暮れ、人目もはばからず号泣している姿を見ると胸が痛みます。特に親を亡くした子供にとってはひとしお。詩経にも「哀哀たる父母、我を生みて劬労す」とあり、亡くなった親に対する恩を偲ぶ情が溢れています。

 親や友人を亡くした悲しみはいずこの国でも同じですが、習慣はかなり違います。そもそも喪服が存在しないので、服装は厳格ではなく普通のスーツで問題ありません。とは言え、不幸事ですからカラーワイシャツや赤っぽいネクタイはNG。

 街で「寿衣店」という看板を上げたお店を見かけることがあります。実はそのお店、亡くなった人に着せる服や棺、それに冥钞や紙銭と言われるお金を模した副葬品を扱う葬儀用品店なのです。日本では「寿」はおめでたいことを指しますので一瞬「ん?」と思います。

 大きな病院の入り口のすぐ向かい側に「寿衣店」があると、少々呆れてしまいます。ま、中国らしい合理的思考と言えば言えないこともありませんが…

 

▮孝敬父母

 論語には「生事之以礼,死葬之以礼,祭之以礼」とあります。親が生きている間も、亡くなった時も、その後の供養をする時も感謝と敬意をもって行うよう教えています。年老いた親をおんぶしてレストランに入り、子供たちで親の誕生日を祝う、そんな光景を見かけると誠に微笑ましく、親孝行の気持が伝わってきます。

また、結婚式において「孝敬父母」という決まり文句を使って、新郎新婦に対して父母を敬い孝行せよというスピーチをよく聞きます。

 中国にある「孝は百行の首(はじめ)」との古くからのことわざは、子にとって親孝行が何よりも大切であると教えています。自分よりも年長者を重んじる中国社会にあって、自分の親に対する尊敬の念は特別です。苦労して自分を育ててくれた親の思いに感謝する気持ちが溢れていて感動します。

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