【治不忘乱】という中国のことわざ 大事件の原因はどこに…

治不忘乱 (2014年8月:大阪城)

入社して26年を経過した48歳のころのこと。私はある地方の中心支社の支社長を務めていました。その支社長職に就いて6年目、あろうことか部下の不祥事が三件も勃発。その結果…

 

黔驢の技

 6年もの間、同じ事業所で責任者を張るケースは比較的少なかったこともあり、私は「長期政権」だと冗談半分に自負を持っていました。しかし、立て続けに発生した不祥事に本社から監査部門の調査が入り、まるで尋問を受けているような日々を悶々と送っていました。

 調査を終えた後のご沙汰は管理責任を問われ重譴責、減俸、格下げ異動という処分でした。サラリーマン生活26年にして初めてきついカウンターパンチを食らい、失意のどん底に突き落とされ、「これで終わった」と妻にわけを話し退職する腹を決めたのです。新たな仕事を見つけるのは容易ではない年齢でしたが、そんな後先のことを考える余裕はありませんでした。

 古代中国の「黔驢の技(けんろのわざ)」という言葉があります。最初の内は良かったのですが、その振る舞いが見かけ倒しであったことを虎に見破られ、噛み殺されてしまったという寓話です。もともとそんなに大した力があったわけではないのに、長期政権だなどと自慢げに振舞い大きな勘違いをしてしまいました。

 

得意忘形

 もちろん、毎日の仕事では自分としてはそんなつもりはなかったのですが、いつの間にか心の中に忍び込まれる隙間を作っていたのですね。

 中国の古典に「得意忘形」ということわざが残されています。舞い上がって有頂天になり、我を忘れるというのです。恥ずかしい限りですが、慢心を起こしてしまったのです。つまり、不祥事は起こるべくして起きた事件であったのです。

 会社を辞めるという腹を決めたその日のうちに、世話になった先輩に電話でそのことを告げました。電話の向こうで涙ぐみながら「早まるな」と引き止められました。また別の同僚は、その翌日、京都から飛んできてくれました。心からありがたさを感じつつも、一旦決めたことは変わりません。そして異動日の前日、異動先に出向きました。そこの先輩方に黙って辞めるのは、非礼であると思ったからです。

 

深情厚谊

 ちょうど夕刻でしたので、その先輩は、近くの居酒屋を予約してあるので先に行って待っていてくれとのことでした。勤務が終わる間際の忙しい時間でしたので、私もそこで話をすることにしました。

 予約された個室に入ると、思いもよらず既に数名の方がそこにおられました。ほどなくその先輩が到着し、皆さんはこうおっしゃいました。「今日はこれから一緒に仕事をする君の歓迎会です」と。

 思ってもいなかった言葉に面食らうと同時に、その言葉が私の心に沁み入り涙が出そうになりました。事件以来ずっと折れていた私の心は、その一言でつながりました。

 「情深く誼に厚い」とは中国古来のことわざ。人情の暖かさに触れ、私は格下げ人事や譴責処分などのすべてを受け入れ、仕事を続けることにしました。

 

治不忘乱

 その翌日から私の新任地での勤務が始まりました。格下げでしたので部下は一人もありませんでした。それでも一応課長という肩書をいただきました。

 それに地方の支社勤務しか知らなかった私にとって、都会での仕事はそれなりに新鮮に感じられました。また古くからの友人や先輩方からも丁寧に接していただき、仕事はけっこう楽しくすることができました。

 易経には「治まりて乱るる忘れず」と。君子にとって「世が治まっている時にも乱世を忘れるな」との格言です。魔は天界に棲むと言われています。順風満帆、よい時にこそ慎重に、謙虚に振る舞い、慢心を起こさないよう自身を引き締めねばならない。もし、油断し破たんすると、せっかくそれまで築いてきたものが一瞬にして消えてしまう。

 この大事件によって慢心を戒める教訓を得ることができました。そして先輩諸氏や友のありがたさを教えてくれた「事件」でもありました。

 この後、約10か月後に思いもよらず中国に赴任することになったのですが、この教訓のおかげで駐在した14年半の間、ずっと心に言い聞かせることができました。人生の途上では様々な出来事に遭遇しますが、その一つひとつに無駄なものは何もないのです。

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成功のヒント 中国のことわざ・格言

黔驴之技 / 黔驢の技(けんろのわざ)

◆中国語:黔驴之技   [ qián lǘ zhī jì ]

◆日本語表記:黔驢之技

◆出典:唐・柳宗元(三戒)

◆注釈:わずかしかない腕前を使い切って、窮地に陥ってしまう例え。見かけ倒し。

◆語源:中国の貴州にはロバはもともとなかった。その貴州に来たロバが、初めのうち

は大きな体と声で虎を驚かせていましたが、すぐにその無能さを見破られて虎に噛み殺されたという寓話。

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得意忘形 / 意を得て形を忘る

◆中国語:得意忘形   [ dé yì wàng xíng ]

◆出典:晋书(阮籍传)

◆意味:得意のあまり我を忘れること。舞い上がって有頂天になること。

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深情厚谊 / 情深く誼に厚い

◆中国語:深情厚谊   [ shēn qíng hòu yì ]

◆日本語表記:深情厚誼(しんじょうこうぎ)

◆出典:陈毅(向秀丽歌)

◆意味:深く厚い感情と友誼。「深情」は相手を深く思う気持ち。「厚誼」は深い親しみの気持ち。相手からの心遣いのこと。

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治不忘乱 / 治まりて乱るる忘れず

◆中国語:治不忘乱   [ zhì bù wàng luàn ]

◆出典:易経(系辞下)

◆原文:安而不忘危,存而不忘亡,治而不忘乱(安くして危うきを忘れず、存して亡ぶるを忘れず、治まりて乱るる忘れず)

◆意味:君子たる者は安泰な時にあっても危うさを忘れず、自国が存続しているときも亡びることを忘れず、世が治まっている時にも乱世を忘れるな、との意。孔子は「危うき者はその位に安んずる者なり」とも言っています。現状に満足してしまうと将来の滅亡をまねく、という警告です。

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