ことわざ【月とスッポン】 中秋の名月を見上げ感じる深い情とは

大連のあるレストランにて(2017年11月)

「月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月(詠み人知らず)」お月見のルーツをたどると中国の唐や宋の時代に遡ります。現代においても中秋の名月の季節が近づくと思い出すことが…

 

盆と正月が一緒に来た

 中国では春節や中秋節などの一年の中で節目に当たるタイミングで、会食をする機会が多くあります。仲間内や社内での場合はそんなに気を遣うことは無いのですが、お客を招いて会食する場合は相手にふさわしい場所を選び、席順にも気を配り、進行にも形式をけっこう重んじます。例えば、出席者が揃い、料理もテーブルに乗りグラスにお酒を注ぎ、準備が整ったところでホスト役が挨拶をする、といった具合です。

 中国で仕事を始めて何年か経過したある年の中秋節の直前に、高官と食事をしたことがありました。

 会食の冒頭のあいさつの中で彼は「今日は双喜臨門だ」と言うのです。曰く「まもなくおめでたい中秋節が来る。なお且つ今日はあなた(私のことです)にお会いでき、共に食事をすることができました。まるで盆と正月が一緒に来たような!」と。

 家族を大事にする中国で中秋節は春節と並んでとても大切な伝統行事ですから、「おめでたい中秋節」というのはわかりますが、単なるサラリーマン社長の私をその同列に扱うという、何とも言えない面はゆい気持ちで聞いていました。

 古来、中国では「阿諛奉承」というおべっかを使うという意味のことわざがありますが、歯が浮くようなお世辞です。しかし、一人の人間としてはおべっかであるとわかっていても、なかなか耳ざわりがよく悪い気がしなかったのも事実でした。ま、おめでたい時ですからおべっかを使い相手を持ち上げ気持ちをよくするのも良しとするか…

名月と情の深浅

 耳ざわりが良い言葉というのは必ずしもおべっかやお世辞から発せられるわけではありません。ある場合は「情の深さ」の現れといえることも。

 私が大連の会社の総経理(社長)を辞して既に5年以上も経ちますが、共に苦労した当時の仲間からは未だに「総経理!」と呼んでくれます。一方、現職にあった時は「総経理」と呼び、職を辞した翌日には「さん」付けで呼んできたある日本人の情の薄さとは月とスッポン。

 中国では差し詰め「天壌之別」といったところでしょうか。天と地ほどの違いと表現していますが、日本では「月」を美しいものを象徴して、「スッポン」は醜いものの代表とし、比較にならないほどの違いを言い表しています。ここでも「月は美しいのだ」と見ています。

共に飲む長江の水

 そんな中国人と日本人の「情の深浅」の良し悪しは別として、「共に飲む長江の水」という中国、宋代の詩があります。

 仕事や学業など何かの理由があって離れて住む家族や恋人同士が、長江の流れに佇み、夜空の月を眺め、思いを致す光景が心に沁みます。拝金主義など、ともすると何かと殺伐とした中国にあっても、こんなにしっとりとした情の深さを感じさせてくれます。

 数々の紆余曲折を経てきた日中関係。関係が良い時にお付き合いするのは比較的簡単ですが、悪い時にも変わらずつき合いを継続する。或は、経済状況の変化があって中国離れが言われているようなときにもこらえてつき合いを続ける。これも一策かもしれません。(もちろん状況が許せば)ですが。

 情に深い中国人のことですから、状況が好転した際には大感謝されることだと思います。それに、「天道は親無し」との老子の言葉にもあるように、昼間は太陽が、夜には月が我らの行動のすべてを見通しているのですから…

「成功を収めるための重要ポイント 現場目線で見たツボ」 はこちら

 

成功のヒント 中国のことわざ・格言

双喜临门 / 双喜 門に臨む

◆中国語:双喜临门   [ shuāng xǐ lín mén ]

◆日本語表記:双喜臨門

◆出典:二十年目睹之怪现状

◆意味:二つのおめでたいことが一緒にやって来た。盆と正月が一緒に来たよう。

»本文に戻る

 

阿谀奉承 / 阿諛奉承(あゆほうじょう)

◆中国語:阿谀奉承   [ ē yú fèng chéng ]

◆出典:东鲁古狂生(醉醒石)

◆意味:阿谀、奉承、どちらもおもねること、またお世辞を言う、おべっかを使うの意。

»本文に戻る

 

天壤之别 / 天壌(じょう)の別

◆中国語:天壤之别   [ tiān rǎng zhī bié ]

◆出典:児女英雄傳

◆意味:「天壌」とは天と地。天と地ほどの違い、差が大きいことの例え。

»本文に戻る

 

天道无亲 / 天道は親(しん)無し

◆中国語:天道无亲   [ tiān dào wú qīn ]

◆出典:老子(第七十九章)

◆原文:天道无亲,常与善人(天道は親無く、常に善人に与す)

◆意味:天の道はえこひいきせず、常に善人に味方する、との意。

»本文に戻る

 

共饮一江水 / 共に飲む長江の水

◆中国語:共饮一江水   [ gòng yǐn yī jiāng shuǐ ]

◆出典:李之仪(卜算子)

◆意味:お互いに長江の水を飲む。共通の感情があること、また、隣国同士の友好の意味もある。原文では
「我住長江頭,君住長江尾」(我は住む 長江の頭、君は住む 長江の尾)
「日日思君不見君,共飲長江水」(日日君を思えど 君を見ず、共に飲む 長江の水)

という風に、離れ離れの二人が同じ長江の水を飲み、互いに相手を想うという情景が浮かんできます。長江と同じように、離れた二人が同じ月を見るという「城里的月光」の歌もしっとりします。

»本文に戻る

「現場目線で読み解く 中国のことわざ・格言」はこちら

Follow me!