ベトナムのホーチミンで垣間見た中国人気質…【他人の不幸は蜜の味】

早朝、宿舎の窓越しの遠くから地響きのようなゴーっという音が。いったい何事? 窓を開けて眼下の道路を見てすぐに状況は呑み込めました。交差点の信号が青に変わると同時に、おびただしい数のバイクが一斉に走り出す時の排気音でした。そう、ここはベトナムのホーチミン市。

見たことのないもの

 私の日本時代の同僚がホーチミンに赴任したので、様子を見に行ったときに彼の宿舎のマンションに泊めてもらったのです。見たことの半端ないバイクの数に暫し見取れてしまいました。街に出ると目の前で波のように押し寄せる、あまりのバイクの多さに圧倒されました。こんな光景は中国にもありません。

ホーチミンのバイクの波(2008/10)

 メコン川に生息するエレファントフィッシュ(象耳魚)。象の耳の様に大きな魚ということだそうです。ウロコごと唐揚げされた名物料理だそうで、初めて食べましたが、これが美味かった! メコンのレストランもなかなかの風情です。

エレファントフィッシュ

メコン名物 エレファントフィッシュ(2008/10)

メコン川のレストラン 雰囲気ありますね(2008/10)

メコンを小舟で(2008/10)

 1962年2月、アメリカ合衆国はサイゴン(現在のホーチミン)に援助軍司令部を設置、軍事介入を行いベトナム戦争が始まりました。1974年に終結するまで13年間にわたる悲惨な戦いでありました。

 メコン川のマングローブの林を手漕ぎボートで進むクルーズは南ベトナムのゲリラ部隊であるベトコンが繰り広げた激戦を感じることができ、ベトナムらしさをたっぷり味わうことができます。

 恩を忘れて義に背く

 悲惨な戦争を勝ち越えたベトナム。1976年4月、南北ベトナムが統一、さらに1976年7月2日、ベトナム社会主義共和国が誕生しました。

 ベトナムは中国と国境を接している国々の中のひとつで、ともに社会主義共和国家で仲が良いと思いきや、聞くところでは実はそうでもないようです。

ベトナム戦争の時には中国はベトナムを支援したのですが、その後ベトナムは親ソ連となったのです。そればかりか、ベトナムは中国の友好国であるカンボジアに侵攻したのです。

統一会堂(旧南ベトナムの時代の大統領官邸)2008/10

 中国古典には「忘恩負義(恩を忘れて義に背く)」ということわざがあります。中国にしてみればベトナムに対してそういう感情があったのではないでしょうか。

 そこで、中国は圧倒的な戦力でベトナムに侵攻。これが文化大革命後の中国とベトナム戦争後のベトナムが、カンボジア問題から対立し中越戦争に到りました。1979年に始まりましたが、ベトナム戦争での多くの実戦経験を持つベトナムを相手に中国は大損害を喫し、わずか1カ月ほどで撤退の憂き目に会い戦争は終わりました。その後、1991年には中国とベトナムの国交正常化が実現しました。

災いを幸いとし禍を楽しむ

 私が初めてホーチミン市を訪れた2008年。当時の一般的な中国人のベトナムに対する理解は、経済の状況は中国より遅れること約20年、貧困にあえいでいると。

 実際にホーチミンを自分の目で見ると裕福とは言えないまでも、それほどの貧しさは感じられませんせした。街は活気にあふれていますし、中国に負けない前向きな躍動感を感じました。ドイモイ政策による改革路線が奏功したのだと思います。それに、ホーチミンの街は意外なほど清潔で、小綺麗なレストランもたくさんあるおしゃれな街です。

 中越の国交が正常化されて17年後にホーチミンを訪ねたのですが、驚くほど多くの中国人が観光を楽しんでいました。当時の中国では1992年から市場経済が一気に加速され、その後の経済発展は目覚ましく、まさに右肩上がりの真っ最中でした。

 中国にとっては中越戦争に敗れたという不本意な歴史が底にありましたが、その後、経済的には大きく差をつけた今、優越感に浸るには十分すぎる状況になっていたのです。中国・古典に「災いを幸いとし禍を楽しむ」とあります。もっともらしく聞こえますが、さしずめ「他人の不幸は蜜の味」とでも言いましょうか…

光風霽月

 こう言えば失礼ですが、どうも自分たちより弱い国や遅れている国を見て、優越感を感じるところがあるように思えます。北朝鮮との国境の丹東でも感じました。経済的に自分たちの方が強いという上からの目線の態度が、ベトナム人から嫌われたのかもしれません。

 もちろん、すべての中国人というわけではありませんし、日本人も例外ではありません。私の個人的感想ですが、そういった感情は人類共通なのかもしれません。

 中越戦争から約30年たったころにホーチミン市を訪問したのですが、まだまだ戦争のわだかまりが拭えていなかったのかもしれません。中国古来の「光風霽月」という言葉が意味する「心が澄んで、何のわだかまりもなく」という状態にはわずか30年ではなりませんよね。

 ホーチミンは古くからベトナムの経済的中心地で、フランス統治時代には「東洋のパリ」と呼ばれたそうです。今もその影響が残る街並みが素敵です。人口約800万人のホーチミン市はベトナムGDPのおよそ半分を占め、経済を牽引しています。ものすごい数のバイクを眺めながら、さまざまなことが感じられました。

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成功のヒント 中国のことわざ・格言

幸灾乐祸 / 災いを幸いとし禍を楽しむ

◆中国語:幸灾乐祸   [ xìng zāi lè huò ]

◆日本語表記:幸災楽禍(中国成語)

◆出典:左传·僖公十四年

◆意味:他人の災難を喜び、他人の不幸を願うということ。不謹慎ですが誰もが持ってる気持ち。他人の不幸は蜜の味。

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光風霽月 / 光風霽月(こうふうせいげつ)

◆中国語:光风霁月   [ guāng fēng jì yuè ]

◆出典:宣和遗事

◆意味:さわやかな風と冴えわたった月。心が澄んで、何のわだかまりもなく、爽快であることの例え。

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忘恩负义 /  忘恩負義(ぼうおんふぎ)

◆中国語:忘恩负义   [ wàng ēn fù yì ]

◆出典:元・杨文奎(儿女团圆)

◆意味:「負義」は義に背くこと。恩を忘れて義に背くこと、の意。

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