勝ち組は【洋洋得意】 愛犬愛猫も優越感? 中国・大連で新発見だ

先日一年ぶりに大連へ行ってきました。12年半もの間、大連で生活をしていた時、また帰国後も何度か大連を訪れましたが、いずれのときにも一度も見たことのないものを今回の大連旅行で発見しました。それは…

洋洋得意

 今回の旅行では中国の友人たちに再会すること以外には、特にこれという目的は無かったので、空いた時間に大連の街をあちこちぶらぶら。

 私が大連に駐在していたのは2000年から2012年ですが、当時と比べて街中で格段に増えたのがペットの犬を散歩させる姿です。実は10年ほど前の大連ではペットブームの走りのころで、街角の露店では子犬を200元~300元ほどで売っていました。ブラウンに毛染めをした子犬を自慢げに売っていたことを見たことがありました。子犬に毛染めをしていると聞き、切ない気持ちになったことを覚えています。

 そのころの犬にリードもつけずに放し飼い状態で散歩させるのが当たり前であったようです。「犬を散歩させる」のではなく「人生勝ち組の自分が犬を連れている」という自分中心の感覚が見え隠れしていたように思います。

 可愛いペットの犬を飼うことは、当時増加中であった富裕層の人々が、成功者としてのある種のステータスとして感じていたように思います。見るからに高そうな子犬の後ろについて散歩をしている彼らは、お金持ちを象徴する出っ張ったお腹を抱え、その雰囲気は中国のことわざにある「洋洋得意」のように得意の様が溢れています。

 それがいつの間にかペットが激増して、報道によれば今では7000万人以上の人がペットを飼育し、そのペット市場たるや2兆円を超えているそうです。先日の大連街ぶらの折にもリードをつけた可愛い2匹の子犬を散歩していた人を見かけました。

 更に、最近は散歩中の犬を誘拐する事件が発生しているそうです。多分、転売して利益を得るのであろうと思います。誘拐を防止するためにリードを使うようになったのかもしれませんね。

 わからないのは、散歩をしている犬のほぼすべてが小型犬であることです。車でもなんでも大きなものが人気があるのに… ひょっとしたら、中国の住宅はマンション形式の集合住宅ですから、室内で飼うのには大型犬は適していないと考える人が多いのかもしれません。

寵物便便箱って

 そして新発見したのが労働公園の中にあった鳥の巣箱のようなもの。よく見ると「寵物便便箱」と書いてあります。どうもそれはペットの犬を散歩中に使う犬用のトイレットペーパーを入れている箱のようです。側面には「犬の散歩はリードをつけて」と、また正面の下には「文化的な犬の飼育は自分から」とのスローガンが。増える一方のペットですがマナーが守られていないのでしょうね。

 それにしても、ペット用トイレットペーパーを使った後、飼い主はどうしているのでしょうか。持ち帰っているとは到底思えませんが… それに誰がペーパーの補充をしているのでしょうか?

譬えば山を為るが如し

 もう一つの新発見は、大連で随一の繁華街にある一流店が入居している高級ショッピングモールの中に、何と猫カフェがオープンしていました。聞けば全国的に猫カフェが増えているとのことでした。「喵匠咖啡」という名前のその猫カフェ。ガラス越しには何匹ものかわいい猫ちゃんがお客さんを癒しているのが見て取れます。

 中国市民にとっては生きるうえで年々競争が激しくなりプレッシャーに苛まれる社会になり、癒しを求めるようになってきたのでしょうか。孔子は「譬如爲山(譬えば山を為るが如し)」という言葉から始まる格言を残しています。厳しい競争にさらされているとしても、止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでもいいから進めばよいと。心身が疲れた時には一時の癒しを猫に求める、そんな人が増えているのでしょうね。

 今時、中国人は猫を食べるなどと冗談にも言おうものならこっぴどく叱られそうです。ペットの犬や猫を見ただけでも中国社会は日々変化しているのだと感じられます。一年後の訪問が楽しみです。

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成功のヒント 中国のことわざ・格言

洋洋得意 / 得意洋々

◆中国語:洋洋得意   [ yáng yáng dé yì ]

◆出典:史记·管晏列传

◆意味:鼻息が荒く、得意満々であること。

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譬如爲山 / 譬えば山を為るが如し

◆中国語(原文):譬如爲山、未成一簣、止吾止也、譬如平地、雖覆一簣、進吾往也   [ pì rú wèi shān, wèi chéng yī kuì, zhǐ wú zhǐ yě, pì rú píng dì, suī fù yī kuì, jìn wú wǎng yě ]

◆読下し:譬(たと)えば山を為(つく)るが如し。未だ一簣(き)を成さざるも、止(や)むは吾が止むなり。譬(たと)えば地を平(たいら)かにするが如し。一簣(いっき)を覆(ふく)すと雖(いえど)も、進むは吾が往(い)くなり。

◆意味:例えば、山を築くようなものだ。あと一杯の土で山が完成するのに、そこで止めてしまえば未完成で終わる。これは自分が投げ出したからである。また、例えば地面をならすようなものだ。地面をならすのに、あと一杯の土を入れただけで地面がならされるのは他でもない、諦めずに最後迄やり遂げたからである。

つまり、歩み続けることが事を為すことになるのだとの意。止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでも進めばいずれ成し遂げることができる。

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