苦しい時の神頼み 五輪超級イベントを機に変わる中国社会 でも変わらないことも

 北京名物は空気汚染だ、と言えば北京ファンから叱られそうです。しかし、マスコミで環境汚染について報道されるようになって久しい。

首都・北京では霞んで遠くが見えないようになっていた中で、ある日突然、青空が蘇った…!?

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四海兄弟

 1998年私が赴任した上海では既に空気はきれいではありませんでした。テレビでは晴れだといっていても、実際の空は霞んでいて青空はあまり見かけませんでした。

その後、中国の各地で空気汚染が進み、首都・北京でも車の排ガスなどの影響で汚染が深刻になっていました。

 ところが、2008年8月8日突如北京に青空が蘇ったのです。

そう、2008年に北京五輪が開催されたのです。論語に「四海の内、皆兄弟なり」、世界中の人は皆兄弟だと論語にあるように、8月8日の開幕式に世界中から集った人々を寿ぎました。

面子のためなら

 ただでさえ自国の体面を最優先する中国です。その威信がかかった一世一度のスーパーイベントの日に、よどんだ空では面子が立とうはずがありません。

そこで中国がとったお国柄を表す方法とは…

 ひとつは市街地を走る車をナンバープレート末尾が偶数か奇数で、日ごとに走行規制しました。無理やり走行車両を半減させたのです。それに加えて、排煙防止のために会場周辺の工場の操業を強制的に停止させました。

 また、開会式当日、予測された雨を回避するために、何と、1100発ものロケットを打ち、北京郊外で人工的に雨を降らせ雨雲を消滅させました。

 そこまでやるかと思わなくもありませんが、とにかく「努力」が実り開幕式の日は見事な青空が戻り、世界に対しての体面が保たれました。

まだまだ大連の空は青い。この大連ブルーがいつまでも変わらないことを祈ります。(写真は2014年2月勝利広場前)

中国社会の変化

 それだけのビッグな世界イベントですから、私が当時生活していた大連でも変化がいくつかありました。

そのひとつは空港の出入国審査。ぶっきらぼうな表情の担当官が、肘をついてパスポートにスタンプを押して投げ返すのが普通で、どうしようもないなと思ったものです。

 それが、北京五輪以降は、嫌々仕事をしている態度は変化し、ニーハオと声をかけるようになりました。もっとも、審査ブースごとに担当官の態度を評価する押しボタンがつけられたことも一因かもしれませんが。

中国古典の礼記には「容体を正し」とあります。曰く、礼儀の基本は姿勢や態度を正すことにあるというのです。以前と比べるとずいぶんと良くなったように思います。

 もう一つはスーパーのレジ。以前はレジでよくお釣りを投げ渡していたのが無くなってきました。お客の方もくしゃくしゃのお札を、レジカウンターに放り投げていたのをよく見かけましたが、これも減ってきました。

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的外れ日本人も

 余談ですが、この北京五輪の時期に、大連にもピンボケ日本人がけっこういました。

2008年当時の中国は高度成長の真っ最中で、新たに進出してくる日系企業も多数あり、その対応に「日本語人材」が不足していました。

 本社に派遣を要請しても、YesともNoともつかない態度で埒があきません。そこで、現地で求職している日本人の採用を考え、何度か面接を行いました。

 その際に応募動機を質問すると、ある応募者は「中国語をマスターしたい」と。その人には、当社は学校ではありません、とお断りしました。また、別の応募者は「オリンピックまで中国にいたい」と理解不能の受け答えをしていました。

 そんな的外れな日本人が現地に多かったのもそのころでした。

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時に臨みて仏の脚を抱く

 オリンピックのような一世一代のビッグイベントは、中国に限らずどこの国であっても自国の威信をかけて開催するのだと思います。面子への思い入れや深度は極めて重要事です。

 ロケットを飛ばして天気をコントロールしたり、強制的に工場での操業を止め、車の走行を制御するなど、なかなか考えにくいことです。いずれも表層的な対策ばかりで、北京でもオリンピックが終わった後は、また空気の汚染が戻ってしまいました。その後、むしろひどくなってしまったのではないでしょうか。

時に臨みて仏の脚を抱く」とは中国古典にある言葉ですが、いざというときになって慌てても栓のないことです。

 国の威信をかけたビッグイベントではなくても、個人でも同じことが言えると思います。

付け焼刃の対策ではすぐに化けの皮がはがれるということですね。コツコツと毎日積み上げる努力が大切であると心得たいものです。

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成功のヒント 中国のことわざ・格言

四海之内皆兄弟 / 四海の内、皆兄弟なり

◆中国語:四海之内皆兄弟   [ sì hǎi zhī nèi jiē xiōng dì ]

◆出典:論語(颜渊)

◆意味:四海は国内、世の中、天下、世界などの意。世界の人々が皆兄弟のように、親しみあうべきだ、という意。四海同胞。

◆2008年北京五輪の開会式のアトラクションで「四海之内皆兄弟也」と論語の一節を朗誦し全世界からの人々の来訪を寿いだ。

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礼仪之始、在於正容体 / 礼儀の始めは容体を正すにあり

◆中国語:礼仪之始、在於正容体   [ lǐ yí zhī shǐ, zài yú zhèng róng tǐ ]

◆出典:礼记(冠义上)

◆原文:礼仪之始,在于正容体,齐颜色,顺辞令。(礼儀の始めは容体を正し、顔色を斉え、辞令を順にするに在り)

◆意味:礼儀の基本は、姿勢や態度を正す、顔色をととのえる、言葉使いに注意する、の3点であるとの意。礼記にはおよそ人である所以は礼儀にある、と言っています。

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临时抱佛脚 / 時に臨みて仏の脚を抱く

◆中国語:临时抱佛脚   [ lín shí bào fó jiǎo ]

◆日本語表記:臨時抱仏脚

◆出典:唐·孟郊《读经》诗:“垂老抱佛脚,教妻读黄经。”

◆意味:その時になって仏の足に縋りつく。つまり、普段努力をしないで,その期に及んでむやみに慌てること。付け焼刃。苦しい時の神頼み。

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