目の前にチャンス 逃してなるものか 中国ことわざに【千載一遇】と

上海に赴任して少し経過したころ、合弁事業のパートナーから「もう上海には慣れたかい?」と質問されました。慣れない初めての中国での生活や仕事を心配し、気にかけてくれている。ありがたいことではないですか、と思っていたのですが…

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上海の自信と誇り

 日本では江戸末期であった1865年には既に上海銀行が設立され、その後、欧米の金融機関が本格的に上海進出を推進しました。

 19世紀のアヘン戦争で中国がイギリスに敗れ、同国やフランス、アメリカなどの租界(特権的な外国人居留地)が設けられ、上海は一大歓楽街に。その頃には外国企業が支店を置き、各国の金融ビルが立ち並びました。

 1992年、鄧小平氏の「南巡講話」をきっかけに、中国では市場経済化が進みその後の高度経済成長時代を迎えました。

 現在の上海は言わずと知れた中国の直轄都市で、中国の商業・金融・工業・交通などの中心を担う中国最大の都市です。戦争と革命、そして内乱や混乱が続き、その中で生き抜いてきた街が上海です。そしてその間ずっと中国経済の中心地として、時には世界経済を牽引してきたのです。

そんな歴史を考えてみれば上海の街やそこに住む人々のみなぎる自信も理解できます。

 「もう上海には慣れたかい?」との質問は「世界に冠たる上海に慣れたかい?」ということです。「総経理(社長)ではあるが外国人のあなたに合わせるつもりはありません。だからあなたは早く上海のやり方や習慣に慣れてください」というのが真意だったようです。まあ言ってみればお上りさんのように見られていたのでしょうね。それは自己中心的な考え方を超越した、上海人の強烈な自信と誇りがそう言わしめていると感じました。

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望子成龍

 中国・清の時代の「望子成龍」という成語があります。我が子が立派な成功者になってほしいと望む親心を言った言葉です。

 ことほど左様に中国人は龍が好き。それもそのはず、中国では「龍」を強さと幸運の象徴と考えられています。さらに中国自身を「龍」に喩えているのです。古来の皇帝にとっても龍は権力の象徴でした。日常でも実力と気品を備えた人は龍に喩えられます。

 私が赴任した1998年ごろでも、上海の人々の持っている自信はむしろ堂々とした余裕として感じられました。豫園近辺や外灘周辺を歩くと、世界の中心に位置していたことの片鱗を感じることができます。そんなダイナミックな上海ですから、上海人以外に対して一見「上から目線」のような言葉や態度は、それは自信に満ち溢れた歴史と背景があるのだと思います。

 

五里霧中

 上海の今の市場規模は、私自身日本では経験したことのない巨大規模です。それに、私が赴任した当時は、あちこちでビルや道路の建設ラッシュ。舞い上がる砂埃、無秩序な車や自転車の行き来。それもこれもみな「ダイナミックに動いている」ことを強く感じさせてくれます。

 見たことのない大市場に呆然とし、加えて経験のない合弁企業の運営、言葉の壁によって自力による意思疎通ができない社員達とのコミュニケーション、お手並み拝見と高みの見物を決め込んでいる人たち…。

 自信に満ちた上海の人々、一方で混沌としているように見えるこの街。会社の中の山積する課題…。いったい何をどうしたらよいものか、さっぱりわかりませんでした。これは「五里雾中」そのもの。まるで野っ原に放り出されたような状態で、手探り状態での仕事が始まりました。

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一歩一個脚印

 手探り状態であったとしても、私にとっては千載一遇のまたとないチャンス。混沌とした中にもきっとあるであろう入り口を探すことにエネルギーを費やすことになりました。深い霧の中でも、そこの空気を吸い、耳をそばだて、感性を研ぎ澄まし、周囲を眺めているとわずかながらも薄明かりが感じられるようになります。またとないチャンスに巡り合えた喜びと希望が活路を見いだす原動力となりました。

 そして、「一歩を歩けば一つの足跡が残る」中国古来の格言にあるように、着実に前進していけばいつかは成功というゴールを勝ち取ることができるはず。

 先の見えない人生も同様で、焦ることはありません。強い気持ちと自分の信念を持ち、あきらめなければ道は必ず開けると信じたい。

☛ 「成功を収めるための重要ポイント 現場目線で見たツボ」 はこちら

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成功のヒント 中国のことわざ・格言

南巡讲话 / 南巡講話

◆中国語:南巡讲话   [ nán xún jiǎng huà ]

◆1989年に公職から退いた鄧小平氏は、その後も影響力を維持。1992年の1月18日から2月21日にかけて、武漢、深圳、珠海、上海などを視察し、南巡講話として重要な声明を発表した。鄧小平視察南方談話(邓小平视察南方谈话)

当時の党内の保守派は、ソビエト連邦の解体などを例にとり「経済改革は和平演変による共産党支配体制の崩壊につながる」と主張していた。鄧小平氏は、これを厳しく批判のが南巡講話。これにより、天安門事件後の党内路線対立を収束し、改革開放路線を推進することになりました。以後、中国は急速な経済発展を進めることになりました。

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望子成龙 / 子が龍にならんことを望む

◆中国語:望子成龙   [ wàng zǐ chéng long ]

◆日本語表記:望子成龍

◆出典:清·文康《儿女英雄传》

◆意味:父母が子供に臨む行動。わが子が出世し立派な人物になることを望む、との意。

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五里雾中 / 五里霧中

◆中国語:五里雾中  [ wǔ lǐ wù zhōng ]

◆日本語表記:五里霧中

◆出典:後漢書

◆意味:物事の様子や手掛かりがつかめず、方針や見込みが立たず困ること。事情などがはっきりしない中、手探りで何かをする意。

◆語源:後漢の時代の学者・張楷は五里にわたる霧を起こす仙術に通じていました。当時の桓帝の招聘に応じなかった張楷は、探しに来た役人を五里の霧の中に閉じ込め、方向が判らないようにしました。

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千载难逢 / 千載一遇

◆中国語:千载难逢   [ qiān zǎi nán féng ]

◆日本語表記:千載難逢

◆出典:韩昌黎全集.潮州刺史谢上表

◆意味:千年に一度しかめぐりあえないほどのまたとない機会のこと。

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一步一个脚印 / 一歩に一つの足跡が残る

◆中国語:一步一个脚印    [ yī bù yī gè jiǎo yìn ]

◆日本語表記:一歩一個脚印

◆出典:老舍《四世同堂》四十三

◆意味:脚印とは足跡のこと。一歩一歩着実である,一歩一歩着実に事を運ぶ。仕事ぶりが几帳面であるとの意。

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☛ 「現場目線で読み解く 中国のことわざ・格言」はこちら

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