ローカル都市・大連に残るこの匂い そしてここでしか見えないものとは

日本から空路約2時間、そこは中国・大連。

中国の東北地方の中で最も発展している都市。海を挟んだだけの隣国ですが、日本とは体制も価値観も大きく異なる異国の地です。

しかし、大連の街を歩きたたずめば、かすかながら日本の匂いを感じることができます。そして、さらに、その向こうにあるものが見えてくるのです。それは大連でしか見えてこないもの。

温故知新 レトロな路面電車

ご多分に漏れずここ大連も年々車が増え、その中を窮屈そうに走る路面電車。

地元では「有轨电车  (有軌電車)」と呼ばれる、いわゆるチンチン電車です。LRT風のスマートな車体のもありますが、大連では何と言ってもレトロなチンチン電車が似合います。キーキーと鳴るブレーキ音や木製の座席など乗り心地は決して良くありませんが、何とも言えない安心感があります。社内にはこの路面電車の歴史がわかるモノクロ写真が飾られています。

 

大連の街を行く路面電車(2015/9/22撮影)

大連の路面電車の歴史は、日露戦争後の1909年9月に一部が開通したのが始まり。既に100年を超えた歴史を誇ります。

その後、終戦後の1946年4月1日からは大連市の経営となりました。古いものはすぐ壊してしまう国ですが、よくぞ100年も経った今も現役で走っているのを見ると感動します。

それに、大連の路面電車、運転手さんも車掌さんもほとんどが女性です。よく言われるようにともに不愛想なのですが、それでも、冬の季節に手すりなどを握って冷たくないように毛糸のカバーをつけたりする心配りをしている車両もあります。(一定していないのが中国らしい?)

孔子は「温故知新」という言葉を残しています。過去の事実とともに現実の事象を認識する

ことという格言が凝縮しているように思えます。

日本人が作ったモダンな街並みを、日本人が敷いた路面電車が走っていく。そんな姿を見られるのは、中国広しと言ってもここ、大連だけです。詩情が掻き立てられます。

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巨大な星海広場

星海広場の周囲に林立するタワーマンション(2017/11撮影)

星海広場の広さは東京ドーム約23個分、また、北京の天安門広場の約4倍。外周は2.5キロにも及びます。巨大な広場ですが、ただ広いだけじゃないか、と言った人がいました。ちょっと待て、その広いことがポイントなのです。

 

星海広場の中心部には大連市制100周年を記念した、「百年城雕」と呼ばれる彫刻があります。隣接する海に向かって長さ100m、幅50メートルと、彫刻もデカい。

こんな大きな広場が必要なのかと思わなくはありませんが、それが中国。どうせやるなら、大きく、広く、高くがポイント。ということで、星海広場の周囲は、海に隣接している部分以外は、タワーマンションが林立しているのです。

いくら頑張ってやっても、ちまちまとしていたのでは、何の注目度も得られません。

 

 

郷愁溢れる大連港

以前、私は大連港から煙台行のジェット船に乗った経験があります。その日、元々、搭乗予定であった上海行の飛行機が悪天候で欠航したため、船で煙台へ移動し、煙台から青島へタクシーで移動、翌日、青島から飛行機で上海へ、と言うことにしたのです。

 

今ではずいぶん立派なフェリーが当たり前(2015/9/23撮影)

その時に初めて大連港へ。旅客ターミナルから乗船場まで、天井がさび付いて穴の開いたバスで移動、ジェット船の席には、何故かビニール袋が一枚ずつ置いてあるのです。

その理由が出発して間もなくわかりました。大連煙台間の船は渤海湾内を航路としていますが、その日は飛行機が欠航するほどの悪天候。海は荒れ、船の揺れが立っていられないほどすごいのです。するとあちこちでゲロゲロが始まりました。そう、その時のためのビニール袋であったのです。

 

そんな思い出がある大連港。

1905年、日露講和条約により日本の租借地となり、1945年8月、ソ連が接収、その後中国に引き渡され、1960年には対外開放港となりました。

今では、中国東北部最大規模の国際貿易港として、貨物取扱量は世界8位、コンテナ輸送量は世界17位と、堂々とした港です。

 

そんな歴史の中でも辛いことに、1946年12月~1947年3月、大連港より20万人余の日本人の引き揚げが大連港から行われたそうです。

中国古典の戦国策には「前事忘れざるは後事の師」と言う格言が残されています。思い出したくないほどの苦い経験を、しっかりと肝に銘じておけば、将来の進歩も期待できるというものです。

新スポット東港

路面電車や中山広場の歴史建造物の他にも路地裏を歩くと古い建物があり、街のそこここに微かな日本の匂いを感じます。私は12年半ここで暮らしました。まさに第二の故郷と言える場所です。そうでない人であっても、どことなく懐かしさを感じるのが大連の街です。「胡馬依北風」(北方生まれの馬は、北風が吹くと故郷を懐かしむ)、とは後漢の詩の一節ですが、そんな思いにさせるのが大連。

そんな雰囲気の街に出現した、真新しいスポットも。

東港ベニス水城は、地元デベロッパーが80億元かけて作った約44万m2のウォーターシティ。水の都ベニスを彷彿させる雰囲気で、ライトアップされた夜景もすばらしく、恰好のデートスポットです。

きれいな街並みと言うこともあり結婚写真を撮影するカップルも多く見かけます。

 

大連で見えるものは

例えば常住人口が2400万人を超える上海。この巨大マーケットでは何をやっても儲かりそうな気がします。しかし、しっかりとした戦力も持たず、落とし穴に落っこちて、描いた夢が妄想で終わってしまうことも少なくないようです。

上海では人や物が押し寄せ、人の判断を狂わせてしまうことがあるのです。

 

一方で、いわばローカル都市でしかない大連に中国法人の本社を置く著名日系企業がいくつかあります。むしろ私はその見識広さに敬服するとともに、いたく同意するものです。

郷愁が漂う街、微かな日本の匂いがする街、大連で、自身の中国ビジネスを如何に発展させるか、思い巡らす。すると、成功のツボがいくつか見えてくると思います。

中国のスタンダードは、突出した上海や北京ではなく、大連にある、ということです。

☛「中国ビジネス成功の決め手 現場目線で急所を解説」目次はこちら

 

中国ビジネスの成功を勝ち取る ことわざ・格言

温故而知新 / 温故知新

◆中国語:温故而知新   [ wēn gù ér zhī xīn ]

◆出典:論語(為政)

◆原文:温故而知新,可以为师矣(故きを温ねて新しきを知らば、以て師為るべし)

◆意味:先人の教えを考え、そこから新しいことを発見できるようになれば、人の師と成れる、との意。古い事柄を探究することによって、現代に生きる新しい価値を見つけ出すこと。

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前事之忘、后事之师 / 前事忘れざるは後事の師

◆中国語:前事不忘,后事之师  [ qián shì bú wàng,hòu shì zhī shī ]

◆出典:戦国策(赵策一)

◆意味:過去のことを教訓にし、将来の手本にする、との意。

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胡马依北风 / 胡馬は北風に依る

◆中国語:胡马依北风   [ hú mǎ yī běi fēng ]

◆日本語表記:胡馬依北風

◆出典:古诗十九首

◆原文:胡马依北风,越鸟巢南枝

◆意味:胡馬とは北方の胡の地で生まれた馬。北方生まれの馬は北風に身を寄せ、南方から来た鳥は南向きの枝に巣を作る。故郷というのは忘れがたいことの意。

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☛「現場目線で読み解く 中国のことわざ・格言」はこちら

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