久しぶりに第二の故郷・大連へ 中国の癒しの街で目を疑う驚きが ほんまかいな…

2017年11月、久しぶりに大連を訪れました。

大連の街を懐かしくぶらぶら歩き、信号機のない横断歩道を渡ろうとしました。行きかう車の間をすり抜けて幅の広い道路を渡るのは、12年半も生活をしていたのですからお手の物。

一歩二歩進んだところで思いもかけない事態が眼前に出現…

驚きの出来事

何と走ってきた車がなんと止まったではありませんか! 「ほんまかいな」と心底からの驚き!

そんなことが滞在していた4日間に何回かありました。中には、お先にどうぞと合図をしてくれる運転手さんも。

 

これは画期的です。以前からテレビでは「交通ルールを守りましょう」と公共広告が流され、法律上でも歩行者優先がうたわれていました。

しかし、少なくとも数年前までは、横断歩道という場所は車が来ないときに渡る場所という感覚。横断する人を見かけて止まる車は皆無でした。自家用車やタクシーは無論、路線バス、警察車両ですら止まってはくれませんでした。

 

ある時、わが社の社員に、横断歩道では歩行者優先なのだから、止まるように、と言ったところ、彼は「そんなところで止まったら後続車両に追突される」と。

そんな時代と比べたら感動もの、隔世の感があります。近年海外旅行をする庶民が増加したことや、土産話を聞いた人が徐々に増えていることがそうさせているのか、或いは生活に余裕が出てきたのか、測りかねますが横断する歩行者に譲る運転手さんが出現したことに、とにかく私は驚きました!

中国のことわざにある「客鳥思故林」という「故郷」への想いをもって訪れた、私にとっての第二の故郷である中国・大連。ノスタルジックな思いから覚めるほどの出来事でした。

満喫、小康生活

道路を渡り商業ゾーンを外れ庶民の生活エリヤに入るとそこでは…

ペットの子犬を連れて散歩する人々の姿がとても多く見かけるようになりました。もちろん以前にも見かけはしましたが、当時とは比べものにならないほどに増えているのです。それもシーズやプードルのような可愛い子犬ばかり。散歩している多くは中年から高齢の人達です。子供たちが独立し、苦労して買ったマンションでの夫婦二人暮らし。そんな日々にペットの子犬を可愛がる小康生活が見て取れます。

公園に集い談笑の花が咲く

まあ、それは結構なことですが、子犬の散歩をしている人のほとんどが手ぶら、そしてリードが使われていません。

買えば高い子犬を放し飼いで散歩させ、「プチお金持ち」だとのアピールしたいのかもしれませんが、犬が苦手に人もいるはず。バッグも何も持っていないので、犬が用を足した後はほったらかし…。やはりここにもマナーの問題があるようですね。街歩きの時は足下にご注意あれ。

 

それに野良化が心配です。ペットは家族の一員であって「物」でも「おもちゃ」でもないことを認識し、飼い主として責任を持つことを是非忘れないようにと願うばかりです。

…そんなことを思いつつ私は、可愛い子犬を見つめていました。

ちっとも変わらないもの

街中にあふれる車が…

市街地の中心部を歩くと、車の駐車場と化していている歩道は歩くことができません。中には歩道上に駐車用の線を堂々と書いて車の整理(?)をしているケースも。

結果、人は車道の端っこを歩かざるを得ない状況です。そんな状態は数年前とちっとも変っていないようで、それこそ「依然故态」、依然として古いままと言えます。

歩道上も車に占拠されています

ほんの十数年前の大連では車はそう多くはなく、まだまだ貴重な乗り物でした。会社でも社有車が事故を起こすと運転していた社員の怪我の心配よりも、「車は大丈夫か?」と先に尋ねるような時代。

それが今では、道路に車が溢れています。特に朝夕のラッシュ時には渋滞が常態化し、地下鉄通勤に切り替える人は少なくないようです。

 

車が増えすぎると人は言いますが、果たしてそれだけでしょうか?

道路や時間帯によっては、1台の車に複数人が乗っていないと走れない、という規制がされた道路もあるそうです。いわゆるライドシェアも盛んにおこなわれています。

他の都市でも偶数日と奇数日で走れる車を制限したりするような、対症療法的な施策しか打てていないように思います。

街を歩いても、駐車場が以前より増えたような印象はまったくありません。でも、いつかは駐車場ビジネスが繁盛するときが来るのかな…。

今も変わらない熱い思い

12年余り共に仕事をした仲間達と久しぶりに再会しました。

君と遠く相知らば、雲海の深きを道(い)わず」と中国古典の名言が、遠く離れていても問題ではないと。

彼らと会った途端に当時の苦しくも楽しかった出来事が蘇ってきます。中国の膨大なマーケットという戦場で共に戦ったいわば戦友の彼ら。

彼らの歓待は、お互いが持つ熱い心に満たされました。

大連を去って既に5年以上も経つというのに未だに「総経理!」と言ってくれる彼らの情に感動すら覚えます。

論語には「朋あり遠方より来る、亦(また)楽しからずや」と。彼らとは生涯の友であるという思いは今もこの先も微塵も変わりません。

「中国ビジネス成功の決め手 現場目線で急所を解説」の目次はこちら

 

中国ビジネスの成功を勝ち取る ことわざ・格言

小康生活 / 中流生活

◆中国語:小康生活    [ xiǎo kāng sheng huó ]

◆出典:詩経

◆意味:まずまずの暮らしぶり(日本でいう中流階級)

◆2011年頃、政府主導の“小康家庭”と呼ばれるプロジェクトが推進され、平均以下の収入の家庭には補助がなされ、皆がまずまずの暮らしを享受することができる社会を築こうと、叫ばれていました。2014年頃の“小康家庭”の年入は36万~50万元くらいだったそうです。(本当かな? 結構高額です。)

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有朋自远方来、亦乐乎 / 朋あり遠方より来る、亦(また)楽しからずや

◆中国語:有朋自远方来、亦乐乎   [ yǒu péng zì yuan fāng lái, yì lè hū ]

◆出典:論語(学而)

◆意味:同じ思いをなす友が遠方から遣って来た。なんと楽しいことか。

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客鸟思故林 / 客鳥 故林を思う

◆中国語:客鸟思故林   [ kè niǎo sī gù lín ]

◆原文:人情怀旧乡,客鸟思故林

◆日本語表記:人情懐旧郷、客鳥思故林

◆出典:晋 王赞 (杂诗)

◆意味:人の情として故郷が慕われる。巣を離れた鳥が元居た林を思うようなものだ。

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依然故态 / 旧態依然

◆中国語:依然故态   [ yī rán gù tài ]

◆日本語表記:依然故態

◆出典:宋·刘克庄(后村全集)

◆意味:人の考え方や生活のやり方が何も変わっていないこと。旧態依然。

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与君远相知、不道云海深 / 君と遠く相知らば、雲海の深きを道(い)わず

◆中国語:与君远相知、不道云海深   [ yǔ jūn yuǎn xiāng zhī, bù dào yún hǎi shēn ]

◆出典:王昌龄

◆意味:君と遠く離れていても心で理解し合っていたら、雲海が深くても問題ではない、との意。

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