互いに信頼する中国人社員とは 水魚の交わり そんな戦友を重責に登用

 

大連での12年半の間、中国マーケットの中で、業容拡大に向かって格闘し、苦楽を共にした多くの社員。その代表格は副総経理(副社長)に任命した4名です。

それぞれが設立間もない頃に一社員として入社し、以後ずっと地道な努力を続け、副総経理にまで登りつめました。

中でも男性の3名は高学歴でもなく、とびきり優秀であったわけでもない、たたき上げの社員でした。
しかし、それぞれが他の誰にも負けないものを持ち、部下からも信頼されている第1級の社員達です。

12年余りの間に、「水魚の交わり」と言える絶大な信頼関係ができあがりました。

そして仕事上だけの関係ではなく、私の一生の友でもあります。彼らなしには、中国ビジネスの成功はなかったと断じることができます。

 

 

※名前はすべて仮名です。

▮永さん 堅忍にして質直の人

2004年に瀋陽市に支店を開設しました。瀋陽は中国の東北部遼寧省の省都であり、街の規模も大連を上回る大都市で、何としても開拓に取り組みたいマーケットでした。

大連の我が社としては、省都である瀋陽市に攻めあがって、遼寧省全体のマーケットを開拓し、もって中国でのビジネスを成功させるという戦略でした。

大連から約380キロ離れていて列車で行っても、車で行っても当時は4時間もかかりました。ですから支店の日常管理は現地に常駐していないととてもできません。

かといって、現地の社員を責任者として立てることはやるつもりはありませんでした。安易にそうやっていいようにされた日系企業の失敗話をいくつも聞いていました。

 

そこで大連から信頼できる社員を責任者として派遣することにしました。その際に、選抜基準として社内で最も正直者は誰か、という一点に絞り検討をしました。

営業力は二の次でいいから、安心して支店の日常管理を任せることのできる人、これを条件としました。
安全を第一としたのです。瀋陽でのビジネスを成功させるには営業はもちろん難題ですが、その点は大連からのコントロールで何とかするつもりでした。

 

熟慮検討の結果、会社設立時に入社し経験も豊富、表裏のない人柄は定評のある所で、彼がその条件に叶いました。彼はまさに堅忍質直の人で、また比較的年長者ですから、縦社会の中国にあって、現地の若い社員に対応する際にも、やりやすかろうとも考えました。

そして、ミッションを伝え送り出しました。本人に「選ばれた」という認識が作用する工夫も併せて行いました。

もちろん彼は期待通りの仕事をしてくれました。年齢的にも社内のリーダー的存在で、他の社員のお手本たるべき意味を込めて、大連に復帰した後、副総経理に任命しました。

 

スポンサーリンク

 

▮远さん 切れ味の鋭さは天下一品

※远:日本語表記は「遠」

極めて高いレベルの能力を持った、すばらしい人事専門家の彼女。

会社の社員はみんな「普通の人」でしたので、あまりにも切れ味が鋭いことがかえって災いし、皮肉なことに一時は周りからは疎まれ、孤立しかかっていました。

 

孤立してしまったのでは、せっかくの高い能力が役に立っていないことになります。それでは、会社にとっても本人にとっても悲劇に終わってしまいます。

一方で会社の中国ビジネスの進展に従って、社員がますます増えるわけですから、ハイレベルの人事管理能力が会社としても必要になっていたのです。

 

何としても会社に残って、その素晴らしい能力を生かしてもらいたいと私は心底から思いました。

才能(能力)と徳(人格)は車の両輪のようなもので、大事なのはむしろ「徳」である、と中国古典は教えています。

 

優秀な人がつまずいたりすることがたまにありますが、これは、能力だけが先行し、人格がついて行っていないことが原因となっているケースが少なくないと私は思います。

 

ではどうすれば、一般社員の支持を得て、個人の高い能力を組織内に発揮させることができるか、それができれば、その素晴らしい能力が活きてくるはずです。

 

そういうことを本人に切々と訴えました。もとより能力が非常に高い彼女です。少しのヒントですぐ理解し、そして見事にその課題を乗り越えました。

元々、なくてはならない人材でしたので、そのことによって組織に溶け込み、大きな力になってくれました。

 

その後は、日常の運営や方針など、意見が相違する場面もありましたが、お互いが納得できるまで何度も議論しました。総経理である私が言うことに時として異を唱える彼女の存在は、会社の行く手を決めるときなどにたいへん大きな作用を発揮してくれたのです。

中国ビジネスを成功させようとする会社にとって攻めと同時に守りも重要です。その守りの要として十分に貢献してくれました。

そのことは私にとっても、とても嬉しいことでした。そして副総経理に任命しました。

 

スポンサーリンク

 

▮朋さん わが社が誇るトップセールス 現場からのたたき上げ

会社設立時からの生え抜き社員の一人の彼は、穏やかで親しみやすく人懐っこい性格で、周囲から大変好かれる社員でした。多くの顧客からの信頼を勝ち取り圧倒的なトップセールスマンとして誰しも認めるところで、彼が開拓したお客様を一緒に訪問したときもそれがよくわかりました。

 

理論や理屈で社内マネジメントや顧客対応をする社員が多い中で、彼だけは少し違っていました。彼はむしろ「情」や「ハート」を前面に出して仕事をするタイプで、それは実は私のスタイルに近いものです。

豊かな経験とその「ハート」でナンバーワンの座を勝ち取ったといえます。

 

私が60歳になろうとしていたある時、私が帰国するらしいという噂が社内に出たことがありました。その根拠は日本では60歳で定年となり、会社を退職するという彼らの知識であったようです。

それを聞きつけた彼は、私のデスクにところに来て、噂は本当かと目に涙を溜めて尋ねるのです。

私の場合は定年再雇用となり、当時の仕事をそのまま続けることが決定していたので、帰国することはないとすぐに否定しました。彼はそういう可愛さを持った社員です。

トップセールスとして会社発展に大きく貢献し、中国ビジネスの成功に不可欠な人材ととして彼も副総経理になりました。

 

スポンサーリンク

▮友さん 解雇から見事な敗者復活! 呉下の阿蒙に非ず

彼も現場からの生え抜きです。

入社後、日本本社からの信頼も厚く、後発のグループ現法が設立されたときには、時にはインストラクターとして派遣され、新人の教育などに携わっていました。彼は常に中堅幹部社員として活躍をしていましたが、しかし、ときどきポカをやらかす癖があり「中堅」の域から脱することができずにいました。

 

特に3回目のポカは、会社業務の根幹を揺るがしかねない致命的なもので、私は、やむなく「解雇」することを決めました。

ところが、彼の上司が、自分が責任を持つから、もう1回チャンスをやってくれ、と私に談判に来たのです。

そこまで言うのであれば、私は彼の復活に賭け、同時に談判に来た彼の上司のメンツと、さらなる指導管理力を磨いてもらいたいとの思いで同意しました。

 

そして本人に、これが最後であること、上司から涙ながらに懇願されたことなどを、本人に直接語り掛けました。

その後、彼は、一念発起し、やり直しに挑戦、見事に立ち直りました。そして、もともと有する彼自身の能力が認められるところとなり、社員を指導する立場となりました。

転んでもまた起き上がる。それは私も経験した敗者復活の戦いでありました。

例え大きな失敗をしても、それを上回る努力をすれば、失ったものを回復することができる、という好例を彼は作ってくれました。その後、副総経理に任命しました。

 

永远朋友(永遠の友)

彼らは皆それぞれ他には負けない何かを持っており、そこに期待をして重責職に任命しました。そしてそれぞれが見事に能力を発揮し、大輪の花を咲かせてくれました。

大連というマーケットで、共に戦い勝利を勝ち取った戦友であり、誰よりも信頼し合える永遠(中国語表記:永远)の友人(同:朋友)達です。

彼ら無くして、私の中国ビジネスの成功は考えられません。こういった信頼できる有能な部下を見出し、育てることこそが、成功のツボの極めつけといえるのではないでしょうか。

 

▶「成功のツボ カテゴリー別一覧」もご覧ください。

 

▮中国ビジネスの成功を勝ち取る ことわざ・格言を解説

水鱼之交 / 水魚の交わり

◆中国語:水鱼之交   [ shuǐ yú zhī jiāo ]

◆出典:「蜀志」 諸葛亮伝

◆意味:離れることができない、親密な間柄や交際のたとえ。水と魚のように切っても切れない親しい関係のこと。君主と臣下、また、夫婦の仲がよいことなどについても用います。

◆故事:中国三国時代、蜀の劉備が諸葛孔明を軍師に招きました。これを古参の諸臣たちが喜ばなかったため、劉備が「二人の間は水と魚との関係のようなもので、切っても切れない間柄である」と言ったという故事。

▶ 本文に戻る

 

 

坚忍质直 / けんにんしっちょく

◆中国語:坚忍质直   [ jiān rěn zhì zhí ]

◆日本語表記:堅忍質直

◆出典:史記 張丞相伝

◆意味:何事にも我慢強く耐え忍び、飾り気がなくまっすぐな気性をしているさま。堅忍は我慢強いこと。質直は飾り気がなくまじめなこと。

▶ 本文に戻る

 

 

德者才之主、才者德之奴 / 徳は才の主、才は徳の奴なり

◆中国語:德者才之主、才者德之奴   [ dé zhě cái zhī zhǔ, cái zhě dé zhī nú ]

◆出典:菜根譚

◆意味:人徳は才能の主人で、才能は人徳の使用人である。才能(能力)と徳(人格)は車の両輪のようなもので、大事なのはむしろ「徳」である

▶ 本文に戻る

 

 

非吴下阿蒙 / 呉下の阿蒙に非ず

◆中国語発音:非吴下阿蒙    [ fēi wú xià ā méng ]

◆出典:三国志

◆意味:昔、呉という国にいた蒙ではなくなった。

▶ 本文に戻る

▶「現場目線で読み解く 中国のことわざ・格言」もご覧ください。

スポンサーリンク

 

Follow me!