本社を無視すれば中国で成功する。でも逆鱗には触れぬよう、そして覚悟と勇気を!

 

中国で起業をした場合は別にして、日本本社から派遣されて中国で駐在をしている日本人社員は大きく分けて二通り。

ひとつは現地に根ざして、与えられたミッションを果たし、事業を成功させようと日夜努力するタイプ。寝ても覚めても仕事のことばかり考えています。

もう一つは、どうせいつかは日本に帰国するのだから、駐在期間を無難に過ごせばいいと考えるタイプ。
業績を拡大するようなリスキーなことよりも、維持することを考え、夜はカラオケ、土日はゴルフ、と駐在員生活を満喫。

中国現地での事業が成功するのはもちろん前者。

 

▮現地を理解していない本社の方を向いてどうする

中国現地のマーケットを開拓することを目的に、事業を行っているのであれば、ことさら言われなくても、「業容を大きくする」ことが与えられたミッションであろうと思います。

 

であるならば、それを実現するために、目の前の市場に目を向け、そこに会社の人材と財務状況に応じたお金を投下し、マーケットを開拓することになります。そして、そのリーダーが総経理です。

 

しかしながら、残念ですがというか当然なことというか、日本本社は現地の状況が、よくはわかっていません。
(本社が中国現地のことをよくわかっていないのはやむを得ないことです。二日や三日の出張でわかるべくもありません。)

そこで、現地マーケットを開拓するミッションを持った総経理が、現地マーケットをわかっていない日本本社側を向いていたのでは、中国ビジネスを成功できるわけがありません。

さらに、そんなことをしていると、現地社員からの支持は表面的なものに終始してしまい、心底からの支持協力は得られない、と思います。

 

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▮人として

そもそも、総経理である自分はいったい誰のおかげで勤まっているのか?

それは、紛れも無く、部下たちが支えてくれているから、である。
であれば、彼らの方を、向いて仕事をすべきであることは明らかです。何せ、彼らの向こう側には多くの顧客がいるのですから。

 

ここで一つ問題は、総経理とはいえ、所詮はサラリーマン。本社から派遣された社員であり、往々にして「本社を向いていた」方が、現地を向いているより“出世”する可能性が高いという現実です。

現地を向いていたほうが業績は上がると思いますが、しかし業績と出世度合いは必ずしも一致しないのが、日本の抱える矛盾のひとつではないでしょうか。

本社の言うことをよく聞く「愛いやつ」は上から好かれるのですよね。

 

▮中国ビジネスを成功させるには、勇気と覚悟が必要  その心は…

いずれにしても、自分の給料を払っている本社を向かない、ということを実行するには勇気と覚悟が要ります。それには本社に有無を言わせないくらい、現地会社としての立派な業績を上げることが必須です。それをやりさえすれば本社を向く必要はありません。

但し、本社の方を向かない、と言っても一つだけ条件があります。それは本社の逆鱗には決して触れないということです。それをやってしまうと味方が無くなり自分のサラリーマン生命を失うことにならないとも限りません。

現地のマーケットや社内の状況に合わせて運営方針を総経理が自分で考え、社員の皆のやる気を引き出し行動すれば、他に自慢できるほどの業績を残すことができると確信します。

 

▮本社から与えられたミッションを果たすために、本社の方は向かない

現地のマーケットや社員の方を向いて努力すれば、業績が上がります。業績が上げれば、本社からのミッションを果たしたことになりますから、本社は評価をせざるを得なくなります。

「駑馬」でも努力すればサラブレッドと同じように道が開け、生き残れる原理です。

本社の方を向かない勇気は、腹をくくる覚悟は、むしろ、「学歴」や「バック」、本社経営層とのつながりも何もない方が、比較的自然にできるのかもしれません。

若い頃「常在戦場」と教えられましたが、常に現場でマーケットの開拓という闘いの中にいるわけですから、「上」のご機嫌を気にする余裕はないはずです。

 

現地で中国事業を成功させたいのなら、日本本社の方を向かずに目の前のマーケットを見よ。出世をしたいのなら現地のマーケットや部下社員を見ずに、日本本社に従順であれはそれでよい。

選ぶのは自分である。

>「成功のツボ カテゴリー別一覧」もご覧ください。

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▮中国ビジネスの成功を勝ち取る ことわざ・格言を解説

骥一日而千里,驽马十驾则亦及之矣 / 驥は一日にして千里なるも、駑馬も十駕すれば、即ちまたこれに及ぶ

◆中国語:骥一日而千里,驽马十驾则亦及之矣    [jì yī rì ér qiānlǐ, númǎ shí jià zé yì jí zhī yǐ]

◆日本語表記:驥一日而千里,駑馬十駕則亦及之矣

◆出典:荀子

◆意味:足の遅い馬であっても、十日間も走り続ければ、一日に千里も走る足の速い名馬に追いつくことができる。

◆解説:「驥」は、一日に千里も走るという名馬のこと。「駑馬」は、足の遅い馬のこと。
いわば駑馬とは鈍才。でもコツコツと努力を続けていけば、いつの日か天才に追いつき追い越すことができるとの意。自分は鈍才であると自覚すれば、上記のように道が開ける。しぶとさを身につけた鈍才は強い

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无婴人住之逆鳞,则几矣 / 人主の逆鱗に嬰(ふ)るるなくんば、則ち幾(ちか)し

◆中国語:无婴人住之逆鳞,则几矣   [ wú yīng rén zhǔ zhī nì lín, zé jǐ yǐ ]

◆日本語表記:無嬰人住之逆鱗、則幾矣

◆出典:韓非子

◆意味:龍は普段はおとなしいが、喉の下に鱗が逆さまに生えていて、これに触れたら人を噛み殺す。人間にも、トップにも、このような逆鱗がある。これに触れないように心がけることが大事。

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>「現場目線で読み解く 中国のことわざ・格言」もご覧ください。

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