お役人によって言うことが違う社会 杓子定規で物事の解決は…ムリ

 

 

ある社員に対して、彼との労働契約を更新しないと通告した際に、
更新を希望するその社員との間でトラブルが発生したことがありました。

その対応を巡って、現地にある日本人の弁護士に相談すると、
現地の法律に基づいて対応すればよいとのアドバイス。

私は、現地で会社を運営しているわけですから、
社員との間の労働契約を更新あるいは非更新の場合の法律や規定くらいはわかっています。

実際の運用を聞きたかったのですが、あまりにも木で鼻を括ったような対応にがっかりしたことがありました。

 

 

 

 

中国は一応契約社会  かといって契約を遵守するわけではないのですが…

会社と社員の雇用関係も労働契約という書面を交わすことによって成り立っています。

我が社では、労働契約の更新時期になると、その社員の評価を行ったうえで更新の是非を社内で検討することになります。

 

よほどでない限り普通は更新することになるのですが、数多い社員の中には勤務態度などが原因で、更新しない場合があります。

その時が少々悩ましいことになります。そのことを本人に通告すると、辞めたくない社員は時として会社方針を承服せず、中には政府機関に労働仲裁を申請する場合も出てきます。

 

もちろん、最終的には会社として対応するのですが、できるだけ穏便にことを進めるために、専門家である法律事務所にアドバイスを求めたわけです。それが、そんな杓子定規のアドバイス(アドバイスにもなっていない)でがっかりしてしまったのです。

 

求められるのは「灵活性」(日本語では臨機応変)

そこで、改めて中国人の法律事務所に同じ案件について相談すると、法は法としてさておき、本人が納得する臨機応変の対応をしたほうが解決しやすい、という主旨のアドバイスがありました。

 

もちろん、「臨機応変の対応」といっても、おのずと限界があり野放図にはできませんが、いわゆる運用上の解決の匙加減を知りたかったのですから、その中国人弁護士の意見はとても参考になりました。

 

やはり、現地社会のことは現地に根ざしている人のほうが頼りになることを再認識させられました。

一応は法治国家といわれていますが、日本のように判例や仔細にわたる規則、付則などが整備され、成熟した法治がこの地で行われているわけではありません。

 

幅広いグレーゾーンの中では、人の判断によることが多々あります。

物事の実際の判断や事案の解決には、人の判断がものをいう社会です。そういう現実を見ると「人治」であることを実感します。

 

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会計事務所に税務処理の相談をするときも感覚は同様です。現地の会計事務所のほうがよほど融通が利くのは言うまでもありません。もちろん、法律・規定の範囲内であって、法に違反するような行為は論外です。

 

でも、日本本社は「連結」だということを理由に日本の会計事務所を好みます。そしてそれを押し付けてくるのです。費用が高いだけで、節税などは期待できません。(もちろん、現地責任者としては本社指示に従っているほうが自らの身の安全は確保されますが…。)

 

山高く皇帝から遠い

古代中国には、「お上の眼が届きにくい地方では好き勝手にできる」という言葉がありますが、今でもその名残りがあるのでしょうか、お役人も人によって言うことが違ったり、同じ人でも日によって言うことが違ったり、そんなことが珍しくないのが中国です。

 

法治とは言っても感覚的には2割程度、後の8割はまだまだ人治。
粗い「法」を運用する「人」の間で、どんな舵取りをするのか、ここにも総経理としての腕の見せ場があります。

 

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 ♣♣♣ 中国ビジネスの成功を勝ち取る ことわざ・格言を解説 ♣♣♣ 

 

山高皇帝远 / 山高く皇帝から遠い

◆中国語発音:[shān gāo huáng dì yuǎn]

◆日本語表記:山高皇帝遠

◆出典:明·黄溥《闲中今古录》

◆原文:“山高皇帝远,民少相公多。一日三遍打,不反待如何。”

◆意味:「山高く皇帝から遠い」所にいれば、つまり地方ではなんでも好き勝手出来るということわざ。

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