面子へのこだわり 体面を気にする 中国人の思い

 

 

私が大連に赴任した当時は、交通インフラが乏しく通勤や日中の仕事で移動する際には、
運転手がついた会社の車を使っていました。

現地は交通マナーも何もあったものではありませんでしたから、
日本のルールで育った私が、そんなところで自分が運転することは危険極まりないことです。
もし事故でも起こそうものなら、ここぞとばかり迫ってくるのは明らかです。

日本本社でも赴任者は運転禁止されていました。

運転手付きの車を使っているのは、体面を気にした贅沢のように見えますが、
実は面倒な事案が発生しないようにする自衛策です。

 

 

白の小型車は総経理にふさわしくない?

ある時、とある日系企業の開業式典に出席するためにそこを訪問しました。ゲート前に到着した際に、守衛さんから駐車場の隅っこに駐車するよう指示をされたのです。

 

私は特に気にすることはなかったのですが、後からわが社の運転手さんは、守衛さんから軽くあしらわれ、面子がなかったというのです。

 

私が使っていたのは白の小型車で、そんな車に乗ってくる総経理なんかいるわけがない、だから、駐車場の隅っこへ行けと言われた、というのが彼の言い分でありました。

総経理が使う車の運転手として面子をつぶされたと。

 

実は、その白の小型車は、私の前任者が、燃料費が安くつく、維持費が安いという理由で購入し社有車として使っていた車でした。

日本人なら当然のようにそう考えるでしょう。しかし、中国の現地では少し違った価値観がありました。

なるほど、そう言われてみれば、どの会社も黒塗りで、しかもそれなりのグレードの車を使っていました。

 

そんなことがあったので、わが社の総経理用の車を黒塗りの車両に変えたところ、お客様の会社を訪問した際の“ゲートでの扱い”がころっと変わりました。

 

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ふさわしい車に乗ると社員が自信を持つ

私は維持費が少なくてすむ車であればどんな車でもいいじゃないかと思いますが、会社を代表する人が使用するのに適当な車でない場合は、会社自体が見下げられかねません。それが体面を気にする中国人の思いです。

 

社員達も、総経理が貧相な車より立派な車を使っているほうが、いい会社に勤めているという気持ちが強くなるようです。給湯室での他社の社員との井戸端会議や友人たちとの会話の中で、胸を張って自慢ができる、というわけです。中国人社員のそんな思いが、いい意味での自信をもって、堂々とした仕事ができることに通じているのだと思います。

 

面子へのこだわりを理解する

中国には、「首をつって死んだ亡霊が白粉を塗る、死んでからも面子が要るのだ」といことわざがあります。

ことほど左様に長い歴史の中で培ってきた中国人の面子へのこだわりは相当なものです。

突然やってきた外国人が、その面子を無視して事がよい方向に行くはずもありません。

 

また、「樹に樹皮があるのが当然のように人には体面がある。」人はみな自尊心をもっている。ですから、例えミスを犯した社員に対し叱責するときであっても、その社員のメンツをつぶしてしまうような対応をしてしまうと、彼は牙をむきかねません。手負いのトラに立ち向かうのは大変です。最悪の場合は周囲がすべて敵になり孤立してしまいますよ。

 

自分は面子など必要ないと思っても、相手はそうは思っていません。中国で成功するためにはとても大事なことの一つが「相手のメンツを大事にする」ということです。

 

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 ♣♣♣ 中国ビジネスを成功に導く ことわざ・格言を解説 ♣♣♣ 

 

吊死鬼擦粉,死要面子 / 首をつって死んだ亡霊が白粉を塗る、死んでからも面子が要る

◆中国語発音:[ diào sǐ guǐ cā fěn, sǐ yào miàn zi ]

◆意味:首をつって死んだ亡霊が白粉を塗る、死んでからも面子が要る。

 

 

 

[解説]

 

人有脸,树有皮 / 人には顔があり、樹には皮がある

◆中国語発音:[ rén yǒu liǎn, shù yǒu pí ]

◆日本語表記:人有瞼、樹有皮

◆意味:樹に樹皮があるのが当然のように人には体面がある。

 

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