幸災楽禍は世界共通 ホーチミンで優越感 経済発展を謳歌する中国人

 

中国と国境を接している国々の中にベトナムがあります。ともに社会主義共和国家で仲が良いと思いきや、実はそうでもないと聞いていました。

それに、私の大連時代に「ベトナムは中国より遅れること約20年」、経済発展が中国よりもはるかに遅れているとも。

ちょうど、私の同僚がホーチミンに赴任したこともあり、自分の眼で見てみようと思い立ち、2008年にベトナムのホーチミンシティを訪ねました。

 

▮悲惨な戦争を勝ち越えたベトナム

1962年2月、アメリカ合衆国はサイゴン(現在のホーチミン)に援助軍司令部を作り、軍事介入を行いベトナム戦争が始まりました。1974年に終結するまで13年間にわたる悲惨な戦いでありました。

1976年4月、南北ベトナムが統一、1976年7月2日、ベトナム社会主義共和国が誕生しました。

 

 

▮中国人が持つ優越感をホーチミンで感じた

中華人民共和国とベトナム社会主義共和国の間で、1979年に戦争(中越戦争)をした歴史があります。

 

ベトナム戦争の時には中国はベトナムを支援したが、その後ベトナムは親ソ連となり、そればかりか、中国の友好国であるカンボジアに侵攻。中国にしてみれば「恩知らず」ということになり、中国は圧倒的な戦力でベトナムに侵攻。しかし、ベトナム戦争での多くの実戦経験を持つベトナムを相手に大損害を喫し、撤退の憂き目を見ました。

 

その約30年後に私はベトナムのホーチミンを訪問したのですが、まだまだ戦争のわだかまりがぬぐえ切れていなかったのかもしれません。

 

さらに、中国では1992年から市場経済が一気に加速され、その後の経済発展は目覚ましく、ベトナムとの差を拡大しました。

 

中国にとっては中越戦争に敗戦という不本意な歴史が底にありましたが、その後、経済的には大きく差をつけた今、優越感に浸るには十分すぎる状況になったのです。「他人の不幸は蜜の味」とでも言いますか…。

こういえば失礼ですが、どうも自分たちより弱い国、遅れている国を見て、優越感を感じるところがあるように思えます。北朝鮮との国境の丹東でも感じました。もちろん、すべての中国人というわけではありませんが。

もっとも、そういった感情は人類共通で、日本も例外ではありません。

 

▮活気にあふれたホーチミンシティ(旧サイゴン)

ベトナム国民は貧困にあえいでいると聞きましたが、実際には裕福とはいえないまでも、そういうほどの貧しさは当たらないように思います。街は活気にあふれていますし、中国に負けない前向きな生命力を感じました。

 

ですから、当時、経済的にも中国人は「自分たちの方が強い」という上からの目線で見ていた態度が、ベトナム人から嫌われたのかもしれません。

 

それにしても、当時のホーチミンでも、驚くほど多くの中国人が観光を楽しんでいました。ホーチミンの街は意外なほど清潔で、おしゃれなレストランもたくさんあります。

 

古くからベトナムの経済的中心地で、フランス統治時代には「東洋のパリ」と呼ばれたそうです。今もその影響が残る街並みが素敵です。ものすごい数のバイクには思わず見とれてしまいます。人口約800万人のホーチミン市。ベトナムGDPのおよそ半分を占め、経済を牽引しています。

 

 

▮メコン川クルーズ

ベトナム メコン川クルーズメコン川のマングローブの林を手漕ぎボートで進むクルーズは、ベトナムらしさがたっぷり味わうことができます。

▮エレファントフィッシュ

エレファントフィッシュメコン川クルーズの際に立ち寄ったレストラン(写真下)で出されたのが、「エレファントフィッシュ=象耳魚」(写真上)。

名前の由来は、象の耳のような大きな魚という意味です。ウロコごと揚げられた魚料理です。これがとても美味しかった!

»「成功のツボ カテゴリー別記事一覧」もご覧ください。

 

▮中国ビジネスの成功を勝ち取る ことわざ・格言

幸灾乐祸 / 災いを幸いとし禍を楽たのしむ(他人の不幸は蜜の味)

◆中国語:幸灾乐祸   [ xìng zāi lè huò ]

◆日本語表記:幸災楽禍(中国成語)

◆出典:左传·僖公十四年

◆意味:他人の災難を喜び、他人の不幸を願うということ。不謹慎ですが誰もが持ってる気持ち。

»本文に戻る

»「現場目線で読み解く 中国のことわざ・格言」もご覧ください。

 

Follow me!