真剣な苦闘の中にこそ希望が 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに…

 

私が上海に赴任したのは1998年。赴任時に本社の上司から「中国ではカラオケとゴルフの時代は終わった。これからはしっかりと仕事をしろ!」との檄がありました。

ビジネスとして立ち上げた時期、言わば第一世代では、連日のようにビジネスパートナーや政府関係者などとの会食があったそうです。立ち上げ時期ならではとも言えますが、いつの間にかそれが日常化し、利益も出ていないのに本社の金ばっかり使って飲み食いをして…という状態が続いていたのではないでしょうか。

 

▮自分の食い扶持ぐらい稼げ!

私が赴任したのは、中国でのビジネス立ち上げ時期を概ね5年ほど過ぎたころ。言ってみれば第二世代。いよいよベネフィットセンターとしてビジネスを拡大しようとした時期に当たります。

当時の中国は経済高度成長期を迎えようとしていたころです。日本本社もベネフィットセンターとしての位置づけを、中国ビジネスに求めだしていました。

よって「本社を頼らず、自分の食い扶持くらいは自分で稼げ!」ということになったのでしょう。

 

▮環境の違いは成功の因…

本気で中国市場の開拓をやろうとすれば、様々な問題や課題が浮かび上がってきます。

そのいずれもが日本本社では経験したことのないことですので、現地に派遣された責任者は誰にも相談もできず、中国社会、日本本社との間で、それこそ苦闘することになりました。

 

どうせ苦闘をするのなら、経験がなかった、そうとは思わなかった、知識がなかった…等々、うまくいかなかったときの理由にするのではなく、そう言ったハンディがあったからこそ、うまくいったといえるように苦闘をしたいものです。

 

松下幸之助翁は自らが成功した理由をこう言っています。「学歴がなかった」「貧しかった」「病弱だった」と。

普通はどれも「成功しなかった理由」に挙げそうなことばかりです。その分、大変な苦闘があったのだろうと思います。しかし「苦闘の中にも、常に喜びや希望があった。」とも言っています。

富山の薬売りの家訓「楽すれば、らくがわざして、楽ならず。らくをせぬ身は、はるか楽々」(慶応2年に建てられた碑=大阪)

 

 

▮困難を避けては成功しない

日本の考え方、中国現地の習慣など、二つの定規を持ちあれこれと考えた結果、自分が正しいと信じて進んだ道は、前途にどんな困難が待ち構えていても、逃げてはならないと中国古典に説かれています。

 

中国ビジネスを成功させる「道」を切り開くのは、現地に駐在し采配を振るう総経理にしかできないことです。

もちろんそれは容易ではありませんが、苦労の中にある喜びや希望を見失わないことです。

自身の中国ビジネスを成功に導くためには、楽をしようと思わず、苦闘をも楽しむのがよいと思います。言わばゲーム感覚。それはすなわち「善戦苦闘」。

 

大変な環境の中、思いもしなかったことを「成長の因」にするのも「後退の因」にするのも全て自身の心の強さ次第ということなのでしょうね。

 

»「成功のツボ カテゴリー別記事一覧」もご覧ください。

 

▮中国ビジネスの成功を勝ち取る ことわざ・格言

临难苟免 / 難に臨んでは苟(いやしく)も免れんとするなかれ

◆中国語:临难苟免   [ lín nàn gǒu miǎn ]

◆日本語表記:臨難苟免

◆出典:礼记(曲礼上)

◆原文:临难毋苟免

◆意味:自分が正しいと信じて進んだ道は、前途にどんな困難が待ち構えていても、避けて通ってはならない、との意。

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»「現場目線で読み解く 中国のことわざ・格言」もご覧ください。

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