癒しと歴史 大連労働公園 老百姓の日常が

 

大連駅から中山路を越えて約10分のところに大連労働公園があります。とても立派な公園で私も休日にはよく散策に出かけました。

 

労働公園は1899年、帝政ロシア時代に作られました。
現在は中心部に位置しますが、当初は、大連市西郊外であったことから「西公園」と名づけられたそうです。

その後、日露戦争を経て日本統治時代に拡張され名称を「中央公園」となりました。

更に、1949年中華人民共和国成立後は「労働公園」と名づけられ、100年余りの歴史の変遷を目の当たりにした大公園です。

今では林立するビル群が公園を取り巻き、設立当時には想像もできなかったであろう中国の経済発展が鮮明です。都会の中のオアシスのような労働公園です。

※老百姓[lǎobǎixìng]とは中国語で庶民、一般大衆のこと。

労働公園から見たビル群

労働公園から見たビル群。手前はアカシアの花です。(2017年5月15日撮影)

労働公園でも「広場舞」

多くのおばちゃんが踊りに興じています。これが中国全土で大流行の「広場舞」。
場所によっては騒音などで騒ぎになっているようですが、この労働公園はそんな心配もなく練習に余念がありません。

写真は労働公園の正門から入ってすぐのところで、踊っているおばちゃんたちの向こうには「光荣榜」という文字が見えます。

「光荣榜」とは模範的労働者の方の表彰掲示板で顔写真と名前が掲示されています。中国らしい光景です。

広場舞

初夏の木陰で広場舞、楽しそうです。(2017年5月15日撮影)

 

公園の中にある荷花池(ハス池)

荷花とは中国語でハスの花のこと。

小さな池ですが、季節によって異なる趣が楽しめますよ。
労働公園のハス池(秋)左の写真は2016年10月20日撮影の秋のハス池です。

中央にある建物を舞台代わりに、イベントが開催されます。

池の畔では自分の子供のパートナー探しをしている親御さんが大勢です。

自慢の息子、娘の略歴を書いた釣書のようなものを木に貼り付けています。見ると、「我が家の娘は美人で頭がよく・・・」と書いてあるのです。これくらい言わないとね…。

 

 

 

 

凍結したハス池

凍結したハス池。(2014年2月9日撮影)

冬は池が凍結し、子供たちがそり遊びに興じています。池が凍てしまう寒さですから尋常ではないです。寒さが苦手な私は完全装備での外出です。

そして6月ごろには池全体を蓮が覆い、見事な花を咲かせます。(写真はありません)

 

菊花が見事

毎年恒例の菊花展が公園内で開かれ目を楽しませてくれます。こういうシーンでの飾りつけや花の手入れは大したものです。私は菊の栽培には興味はありませんが、美しい花を愛でるのは悪くありません。

労働公園菊花展

色とりどり、見事な菊の花。(2016年10月20日撮影)

 

労働公園正門を出ると…

静かな公園で、ゆったりとした時を過ごしても、一歩外に出ると、喧騒の街がそこにあります。公園の正門の前の五恵路という道路、信号はありますが、やってくる右折の車などを避けてわたらねばなりません。すぐに現実に引き戻されます。

わたりきったところから見た労働公園の外観。公園の後ろの山にあるテレビ塔が見えます。

 

 

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