中国では「衆寡敵せず」という 多勢に無勢でも勝利することは果たして可能か

赴任当時の我が社の顧客数は数百、市場占有率はわずか約2.5%。それに比べ唯一の競合相手の顧客数は約2万、何と97.5%のシェアを持つまるでガリバー。

さらに言うとその競争相手は一党独裁体制下で、絶対的な官権力を背景にしたまさに官製企業です。

勝算がなければ戦うな

そんな中になんともちっぽけなわが社…

孟子は「衆寡敵せず」、少人数は多人数に適わないという言葉を残しています。赴任はしたもののこの市場で勝算は見えず、我が社が挑んで勝負になるとは思えませんでした。

設立以来6年余の期間を経て獲得した顧客数は数百件。もちろん赤字であるが「ガリバー」を前にしておとなしくして一定の規模を維持していれば、いずれ日本への帰国という「退路」があります。

中国古代の兵書には「戦いは必勝にあらざれば以て戦いを言うべからず」とあります。勝算がなければ戦はしてはならないというのです。

しかし、体制は違っていてもそこで人々は生業を持ち生活を営んでいるのですから、どこかに勝算を見出すことはできるはず。

それに「現状維持」と言考え方は自分の性には合わず、日本男児たる者たとえ劣勢の中であっても敢えて戦いを挑む方を選択しようと決めました。

後には脱兎の如し

暗闇の中にあっても、しばらく目を凝らしているとうっすらと物が見えてくる。最初はおとなしくしていればいい。うっすらと見えるものを感じ、それがはっきりとした段階で打って出る。

始めは処女の如く、後には脱兎の如し」とは孫子の言葉。勝算が見えないので闇雲に戦うことは愚かなことですが、勝算を見出せたときに攻勢に転じよ、との教えです。私は赴任地で勝算を見出すのにおよそ3年かかりました。

ある意味で勝算とは自ら作り出すものではないだろうか、とも思います。

 

紀元前11世紀ごろの殷王朝の70万と周の戦いの話。

殷王朝最後の紂王は日々酒宴を繰り返し、贅沢の限りを尽くして悪政をほしいままにしていました。それに対抗する周の文王とその子・武王は善政を行い人々の信望を集めていました。そして多くの人材を用いて隆盛の時代を築いていきました。

その後、文王の亡き後武王は殷の紂王討伐の戦を起こしました。

周は4万5千の軍勢。殷は70万の大軍。しかし、すでに紂王を見放していた殷の兵士たちに戦意はありません。一方、武王の軍は、悪政は許さないという同じ目標を持ち、諸侯が結束していました。その結果、殷王朝に代わって周王朝が誕生しました。

 

多勢に無勢、少数の劣勢の軍であっても精鋭の団結の力によって、数の上では上回る相手を打ち破ることができるとの教訓です。

初難を憚(はばか)ることなかれ

人数が増えるほど一人当たりの発揮する力は小さくなるという。集団になればなるほど、他の人がなんとかしてくれるだろうという手抜きの心理が無意識のうちに働いてしまう。これをリンゲルマン効果というのだそうです。

中国では「林格曼效应  (日本語表記:林格曼効応)」と翻訳されています。

では、あの人がやってくれるだろう、という依存心を廃し、集団の中で各々が最大の力を発揮するために何をどうすればよいのでしょうか?

「やらされる」のではなく、自ら進んで「やりたい」と思うように一人ひとりを促し、自分の動機と全体の目的を合致させる。すると、そこに強い団結力が生まれると言われています。

計画経済の余韻が残る社会では「自発能動の姿勢で…」といっても、社員にはなかなか響かないようです。

主体性を持たせるのは簡単ではないので、私はむしろ社員間の競争意識を醸成することを考えました。面子を重んじる中国人、競争して負けたくはない気持ちはとても強いのです。

従来は手をつないで横一線に並び皆で一緒に前進していたのを、一旦手を放そうと訴えたのです。人よりも速く歩きたい人にはそうしてもらおうとの考えです。

中国に多くの兵法がありますが、基本は正攻法であると考えます。但し根気強く実行せねばなりません。その上に様々な兵法を参考に取り入れる。

小が大に勝つ要諦は、何とかして「勝算を見出す」こと、味方の気持をひとつにして「団結して当たる」こと、「自発能動」の組織体を作ること、であると思います。

それもこれも、「初難を憚(はばか)ることなかれ」との格言のとおり、最初に遭遇した困難な状況に負けず、そしてくじけないことから始まります。つまり、総経理(社長)の強い一念で大軍にだって勝てるのです! 大軍に向かって怯むことはないのです。

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成功のヒント 中国のことわざ・格言

战不必胜不可以言战 / 戦いは必勝にあらざれば以て戦いを言うべからず

◆中国語:战不必胜不可以言战   [ zhàn bù bì shèng bù kě yǐ yán zhàn ]

◆出典:尉缭子(攻权第五)…中国古代兵書

◆原文:战不必胜,不可以言战,攻不必拔,不可以言攻(戦いは必勝にあらざれば以て戦いを言うべからず。攻むるは必ず抜くにあらざれば、以て攻むると言うべからず)

◆意味:戦いは勝算を得てから始めるべきである。勝算のない戦いはするべきではないとの意。

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始如处女,后如脱兔 / 始めは処女の如く、後には脱兎の如し

◆中国語:始如处女,后如脱兔   [ shǐ rú chǔ nǚ,hòu rú tuō tù ]

◆出典:孫子(九地)

◆原文:始如处女,敌人开户;后如脱兔,敌不及拒 [始めは処女の如くにして、敵人戸を開き、後には脱兎の如くにして、敵、拒(ふせ)ぐに及ばず]

◆意味:表面ではしとやかに振舞っていると、敵は油断する。その間に着々と戦いの準備を行い、機を得て脱兎のような勢いで攻め込む。作戦行動における静と動の切り替え。

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母憚初难 / 初難を憚(はばか)ることなかれ

◆中国語:母憚初难   [ mǔ dàn chū nán ]

◆出典:菜根譚

◆意味:最初の困難にくじけてはならない。

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寡不敌众 / 衆寡敵せず

◆中国語:寡不敌众   [ guǎ bù dí zhòng ]

◆出典:孟子(梁惠王上)

◆日本語表記:寡不敵衆

◆原文:寡固不可以敌众 [寡は個(もと)より以て衆に敵すべからず]

◆意味:「衆」は多人数、「寡」は少人数のこと。少人数は多人数にかなわない。多勢に無勢。

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