人生、例えどんなに辛いことがあっても 頭を上げて 冬は必ず春となる

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人生は順風満帆な時ばかりではなく、むしろ逆風の吹くことの方が多いかもしれません。

私は自身の原因で、サラリーマンとして回復不可能と思える仕事上の大きなミスを犯し、
どん底に落ちてしまいました。

一時は退職を考えましたが、周囲の支えがあったおかげで生き延びました。

そして…

 

 

春のこない冬はない

例え自分の原因であったとしても、置かれた状況に腐ってしまっては決してなりません。

辛い気持ちを胸に秘め、コツコツと努力を重ねていると、やがてその努力が評価される時が必ず来ます。
腐ってしまっては何も叶いません。

そうです。春のこない冬はないのです。むしろその不遇の時の経験が自分を大きくさせてくれます。寒い冬があるので桜も春になれば美しく咲くのだ、と先輩から教わりました。

人生には無駄はないと私は考えます。

 

 

それは突然やってきた

自らの失敗で左遷させられた大阪での勤務が1997年8月に始まり、10ヶ月ほど経過し新しい環境に慣れてきた頃のことです。

1998年(平成10年)5月29日夕刻、いつもの月末締切を終えたところで、上司から呼ばれ、中国転勤の内示を受けました。

よく聞いてみると、日本の中国地方ではなく、中国の上海とのこと。海外勤務の希望も興味も私にはありませんでしたので、その驚きは大変なもので、頭が真っ白になるとはこういうことかと知りました。まさに 青天の霹靂 でありました。

 

私をよく理解してくれている上司からの内示でしたので、本来なら二つ返事で「行きます!」とお答えすべきところでしたが、「2日ほど考えさせてください。」と返事するのがその時は精一杯でした。(ちょうど、その日は金曜日で、土曜日、日曜日の時間を貰ったわけです。)

翌土曜日と日曜日に6人の先輩や同僚に相談をしたのですが、全員が「当然行くべきだ。」とのアドバイスでした。他人のことは、かくも簡単に答えを出すことができるのかと思いつつ、私は決心をしました。6月1日(月曜日)、出社後間もなく上司に行きますと報告しました。

 

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「夜明け」の到来に弾む心

大阪での引き継ぎを終え、内示から一週間後には渡航準備のため大阪を離れ本社付けとなりました。その間、初めての海外赴任の不安な気持ちの中にも、久しぶりの心の弾みが「夜明け」を感じさせてくれました。

 

大阪にはわずか10ヶ月の在籍でしたが、上海赴任をみんな喜んでくれました。そして送別会までやってくれました。肩を組み、涙を流しながら私を送り出してくれたことは一生忘れられません。皆さんが一言メッセージと名前を寄せ書きしてくれた色紙は、今も私の宝物です。

冬が終わって春の兆しがかすかに見える、そんな気持ちが徐々に高まってきました。

 

逆風であっても

止まない雨はない、夜明け前が最も暗い、冬が来たら春は遠くはない。辛い時、うまくいかないとき腐ってはならない。どんな時も地道に努力を続けることこそが大事。先輩の言葉が心に沁みました。

 

本社(東京)で渡航準備を行い、6月18日には引継ぎのため上海現地へ出張することになりました。

その後14年半もの長い間、駐在をすることになりましたが、その遠因とも言うべきは、一旦退職を決意したときに、それを引き止めてくれた先輩・同僚の皆さんの心からのアドバイスがあったからこそ。

 

不遇の時の友の支えに感謝し、うまくいっているときには、それは自分だけの力ではないことを知る。
そんな人間であるべきだと思います。

♣「例え負けても卑下することはない。敗者復活のチャンスを逃がすな。」の記事もご覧ください。

 

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 ▮▮▮ 中国ビジネスの成功を勝ち取る ことわざ・格言を解説 ▮▮▮ 

 

一阳来复 / 一陽来復(いちようらいふく)

◆中国語:一阳来复

◆中国語発音:[ yī yáng lái fù ]

◆日本語表記:一陽来復

◆出典:『易』

◆注釈:古代の暦の言葉で、陰が重なる冬至のこと。また、冬が終わって春の兆しがかすかに見えるようす。冬が去り、春が来ること。新年が来ること。「一陽来復の春」転じて、悪いことが続いた後で幸運に向かうこと。悪いことが続いたあと、ようやく物事がよい方に向かうこと。「一陽来復を願う」

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